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    自分がもし本屋を開いたら――。本好きな著名人が登場し、書店主になりきります。

    12月の店主は加藤徹さんです

    売りたい本を読み売り

     「読み売り書店」を開きたい。商店街の小さなスペース。昭和の駄菓子屋ぐらいの店がまえ。数人の客を相手に、売りたい本を読み上げ、気に入ったら買ってもらう。客を椅子に座らせ、お茶を出してもいい。音読のバイトを雇ってもいい。声優志望の若者、日本語学校に通う外国人、声に人生の年輪を感じるシルバー人材。どの声もそれぞれにいい。小説の本なら、月琴やコンサーティーナなど古風な軽楽器を効果音的に使う。難しい本なら、地の文を読むときとは別の声で、短く解説をはさむ。有線放送のBGMではなく、本を読む声が静かに流れる。リアルな書店は売れる本を売るが、空想書店なので、売りたい本を読み売りする。

     現代人は、紙本であれ電子書籍であれ、ひとりで黙読する。が、歴史をふりかえると、識字率が低かった昔、本は他人に音読してもらって「読む」ものだった。無声映画が活弁士とセットだったのと同様、昔の本は、読者とのあいだに「読み上げのプロ」が介在することを前提に書かれていた。貴人に仕えた侍読、経典を朗誦ろうしょうした聖職者、寺子屋の素読の師匠、庶民相手の「太平記読み」。彼らのなりわいは広義での「読み売り」だ。昔の本が、注釈ぬきで内容を理解しにくい理由は、本だけを黙読して内容を理解できてしまうと、読み上げのプロが失業するからである。だから昔の本は句読点すらあまり打たなかった。そもそも「読」という字は「言葉を売る」と書く(本当の字源は違うが)。

     現代の本は黙読自己完結型だが、本は本である。筆者は大学の授業で、今まで黙読してきた本を音読し「この本の文体は、音声にするとこんな感じになるのか」と意外な発見をしたことが、何度もある。

     現代でも本の読み売り文化の需要はある。未明に目がさめる老人がふとんの中で音読の録音を聴いたり、目の不自由な人が対面朗読で読んでもらいにくい内容の本を自動音声で聴く、など。

     現代はITの時代だ。空想の読み売り型書店をインターネットの仮想空間に開設するのは簡単だ。読み上げの音声をネットの動画投稿サイトで公開する人も多い。本の読み売り文化は、昔とは違う形で復活しつつあるのだ。

     かとう・とおる 1963年東京都生まれ。広島大助教授などを経て明治大教授。専攻は中国文学。『京劇』で2002年、サントリー学芸賞。著書に『漢文力』『西太后』『貝と羊の中国人』『漢文の素養』『怪の漢文力』など。

    店主の1冊

    ●『なぜ中国人は財布を持たないのか』(中島恵著、日経プレミアシリーズ、850円)中国への出張旅行から帰ってきた友だちが、中国と日本について目からうろこの話を語ってくれるような、きめ細やかさと温かさを感じる本。


    ●『五輪書』(宮本武蔵著、鎌田茂雄訳注、講談社学術文庫、920円)原文、現代語訳、解説のほか「兵法三十五箇条」「独行道」を付す。真剣勝負の時代の兵法家の肉声を留めた本。

    ●『七都市物語〔新版〕』(田中芳樹著、ハヤカワ文庫、740円)人類破滅後の未来を舞台に、個性豊かなキャラたちの活躍と都市国家の壮大な興亡劇を描くSF歴史物語。

    ●『李徳全 日中国交正常化の「黄金のクサビ」を打ち込んだ中国人女性』(程麻・林振江著、石川好監修、林光江・古市雅子訳、日本僑報社、1800円)掘り起こされた現代史の秘話。

    ●『岳飛伝 十三 蒼波の章』(北方謙三著、集英社文庫、600円)『水滸伝』全十九巻、『楊令伝』全十五巻、『岳飛伝』全十七巻からなる「大水滸伝」シリーズの文庫版の最新刊。

     丸善丸の内本店(JR東京駅前)の3階で、近日中に加藤徹さんの「空想書店」コーナーが登場します。

    2017年12月20日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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