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    自分がもし本屋を開いたら――。本好きな著名人が登場し、書店主になりきります。

    3月の店主は野家啓一さんです

    震災遺構の学校でカフェ

     柳田國男の『雪国の春』には「二十五箇年後」と題された小エッセイが収められている。明治二九年の三陸大津波から四半世紀という意味である。

     そこには「死ぬまじくして死んだ例ももとより多かろうが、この方はかえって親身の者のほかは、忘れて行くことが早いらしい」と記されている。

     柳田に倣えば、今年は東日本大震災と福島原発事故から「七箇年後」に当たる。震災の年に生まれた赤ん坊が、すでに小学生となっている年月である。それだけに、忘却と風化もとどまるところを知らない。

     津波が二階にまで押し寄せ、甚大な被害を受けて廃校となった仙台市立荒浜小学校は、現在では「震災遺構」として整備され、一般に公開されている。児童や住民三二〇人が避難した屋上からは、暴威をふるった太平洋がうそのようにぎ、春の陽光に輝いているさまを見ることができる。

     私が店主なら、この小学校の空き教室を借りて書店を開きたい。震災の記憶の風化に抗するとりでとしてのブックカフェである。

     品揃しなぞろえは、何よりも震災と原発事故をめぐる、開かれたアーカイブとなることを目指している。同時に、三・一一に触発された多様な文芸作品や映像作品も常備リストに加えたい。

     カフェの定番メニューは宮城名物のずんだ餅、店内には世界中の地震情報と共振する坂本龍一の「津波ピアノ」が置かれている。

     せっかくのブックカフェなので、東北地方を拠点に活動するグループが集まってコーヒーを飲みながら企画を練り、議論を闘わせるサロンの役目も果たせればうれしい。いわば文化活動の結節点である。

     さいわい東北には、被災地から立ち上がって合唱や演奏を続ける「音楽の力による復興センター・東北」や、東北弁でシェイクスピアを上演する「シェイクスピア・カンパニー」などユニークな芸術集団が数多い。

     アメリカの歴史家ジョン・ダワーは震災直後に、歴史の中には突然の災害や事故のあとに「すべてを新しい方法で、創造的な方法で考え直すことができるスペースが生まれる」と語っていた。「しかし、もたもたしているうちに、スペースはやがて閉じてしまう」とも付け加えている。

     忘却と風化とは、このスペースが閉じることを意味する。私が営むブックカフェは、スペースを開いておく心張り棒でありたい。

     のえ・けいいち 1949年、宮城県生まれ。東北大学名誉教授。専攻は哲学・科学基礎論。著書に『歴史を哲学する』『科学哲学への招待』。東日本大震災時に、東北大付属図書館の館長を務めた。

    店主の1冊

    • 津波の脅威を伝える荒浜小(仙台市提供)
      津波の脅威を伝える荒浜小(仙台市提供)

    ●『密やかな結晶』(小川洋子著、講談社文庫、690円)秘密警察による「記憶狩り」が吹き荒れる島を地震と津波が襲う。記憶を奪われることは世界をうしなうこと、「物語の記憶は、誰にも消せないわ」という叫びが心に残る。


    ●『コミュニティ・アーカイブをつくろう!』(佐藤知久、甲斐賢治、北野央著、晶文社、1850円)「3がつ11にちをわすれないためにセンター」による記録と記憶のアーカイブ入門。

    ●『近代日本一五〇年』(山本義隆著、岩波新書、940円)福島原発事故が明治維新以降150年にわたる近代日本の科学技術政策の帰結であり破綻であることを明快に論じた通史。

    ●『ハムレット、東北に立つ』(下館和巳著、国書刊行会、1650円)震災の苦難を乗り越えて被災地で上演を再開した、東北弁によるシェイクスピア劇団の笑いと涙の活動報告。

    ●『夕雲雀』(柏原眠雨著、角川書店、2700円)2016年に俳人協会賞受賞の句集。著者は仙台市在住、震災吟が光る。「町ひとつ津波に失せて白日傘」「梅を干す津波の端の来し庭に」

     丸善丸の内本店(JR東京駅前)の3階で、近日中に野家啓一さんの「空想書店」コーナーが登場します。

    2018年03月21日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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