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    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    小説賞「水声」 川上弘美さん 56

    「姉と弟」恋人のような愛

    • 飯島啓太撮影
      飯島啓太撮影

     「えっ、うれしい。本当に……。ありがとう」。受賞を知らせた際の電話の声が、意外なほど大きかった。

     ベストセラー『センセイのかばん』の谷崎潤一郎賞をはじめ多くの賞歴があり、現在は芥川賞選考委員を務める。それでも、この作品で賞を受けるのは格別だった。

     受賞作は、東京の片隅の生家で静かに暮らす「姉と弟」の物語だ。少し変わったパパやママに育てられた1969年の子供時代から、現在に至るまでの日々をたゆたうようにつづってゆく。女性の主人公は、川上さんと同じ58年生まれだ。

     「私たちは戦争も体験せず、大学生の頃は学園紛争も一段落し、わりと平穏な時代を生きたように思います。でも東日本大震災もあり、今の日本は不安定に感じる。50年以上生きてきて、どのような時代を過ごしてきたか考えたかった」

     作品には、パパやママの戦争体験がさり気なく織り込まれ、95年の地下鉄サリン事件がその子供たちの心を揺さぶる。戦中の疎開や空襲などは、現在80歳の母と84歳の父に話を聞いた。

     選考会では、サリン事件を機に家にこもるように暮らし始めた姉弟で恋人のような2人が、「何も生まない」ことに評価は割れた。

     「恋愛のことを小説に書くのは、一番、濃い人間関係だからです。それでは家族でもあり、恋愛でもある関係ならば、どのようなものなのか。知らない世界を、具体的な生活の様子から一歩ずつ探りたかった。どんな人生にも、趣深い局面がある。それを面白がりたいと思っています」

     東京生まれ。小学生の頃は体が弱く、病気のとき親が『ロビンソン・クルーソー』を読んでくれ、児童文学を入り口に本が好きになった。学生時代から「小説を書きたくて仕方がなかった」という。教師生活、結婚や出産を経て36歳のときパソコン通信で応募した「神様」が第1回パスカル短篇たんぺん文学新人賞を受賞し、ようやくデビューした。

     東日本大震災に強く衝撃を受け、直後にデビュー作を原発事故後の世界に置き換えた「神様2011」を発表した。本作を文芸誌に連載し始めた2012年12月、腫瘍が見つかり、手術を経験した。一時は死も考え、「何を書きたいか考え、やはり『水声』でした。その時、できることを一作ずつ書いてきたから」

     題名にある「水」は、川上さんの好きなものだ。「物体は凍れば、普通、体積が縮むものなのに氷は膨張する。川は流れ、波は高くも低くも、形をかえます」

     作家の世界もまだまだ、自在に変化しそうだ。(文化部 待田晋哉)

    2015年02月10日 08時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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