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    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    お題は「もっと熱くなる」<1>

     8月恒例、本よみうり堂の特集「夏休みの1冊」をお届けします。

     テーマは「もっと熱くなる」。リオ五輪、夏の甲子園、お盆の帰省シーズン到来で熱気も最高潮、21人の読書委員がすすめる1冊を読んで、心まで熱くなりましょう。

    有吉佐和子著『悪女について』(新潮文庫、750円)

     青山七恵(作家)

     悪女は熱い。が、熱い、と思って手を引っ込めたときには、もう遅い。

     誰もがうらやむ華やかな女実業家、富小路公子はいかにして世を去ったのか? 生前の彼女を知る二十七人の証言によって明かされていく、その奇々怪々な生涯の秘密。努力を惜しまず、手段を選ばず、誰を裏切ろうと決して自らの夢だけは裏切らなかったその生きざまが、熱い、ひたすらに熱い。欲望、憎悪、絶望の火種を周囲にまき散らしながら、悪女は誰よりも華麗に俊敏に、人生を駆け抜ける。その熱風で、今日も世界の温度は保たれている。

    須賀しのぶ著『雲は湧き、光あふれて』(集英社オレンジ文庫、540円)

     朝井リョウ(作家)

     最後の甲子園を前に腰を痛めた超高校級スラッガーの代走を任された、補欠。強豪校のエースの取材を命令された、新人スポーツ記者。昭和十七年、戦争により中止となった甲子園、それでも練習を続けた少年たち。野球にまつわる三編が収録されているこの一冊は、夏の風物詩である甲子園を、あらゆる角度から照らし出す。著者はスコアブックを抱え甲子園の県予選に足しげく通うほどの野球好きであるらしく、その愛がにじむページに触れるだけで指先が焦げ付きそうだ。何かに夢中になるという、年齢を問わない青春の熱さに、もう素直にひれ伏そう。

    パール・バック著、新居格訳『大地』第1~4巻(新潮文庫、590~670円)

     安藤宏(国文学者・東京大教授)

     「土」に生きる近代中国の農民の、三代にわたる物語。時代に翻弄されながらもしたたかに生きていく彼らの姿には、この巨大な隣国の本質を理解する重要なヒントが隠されている。

     これまで読んだ長編小説の中でも、なぜかもっとも強く印象に残る一作。貧困と闘う場面など、一コマ一コマが今でも日常の中にさりげなくフラッシュバックする。ふだん小説を読む習慣のない人に勧めても、たちまちその魅力にとりかれてしまう。げんに読み始めてやめられず、思わず会社を休んでしまった知人の例もあるのでくれぐれもご用心を。

    服部文祥著『サバイバル登山家』(みすず書房、2400円)

     稲泉連(ノンフィクションライター)

     著者のデビュー作である本書を読んだのは、10年ほど前になるだろうか。道具に極力頼らず、自分の力だけで山に登るスタイルを彼は「サバイバル登山」と呼ぶ。沢で魚を釣り、かえるや山菜を食べながらの長期間の山行。山と身体一つで対峙たいじし、次第に自然と一体化する姿に、このような先鋭的で熱い登山をする人がいるのかと驚いた。その後、著者のスタイルは狩りをしつつ登頂する「狩猟サバイバル」に進化するのだが、本書はその原点。山中で思索を深め、自然の厳しさに身をさらすことで、「生きること」の本質を体験していく過程が圧巻の奇書。

    堀江謙一著『太平洋ひとりぼっち』(舵社、1429円)

     岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

     大学1年の夏、僕は郷里の図書館で冒険たんを読んで過ごした。登山、熱気球、極地探検などさまざまな冒険について読みあさり、いつか「世界で最初の何か」をするぞ、と決心した。しかし僕は19歳のアームチェア冒険家に過ぎなかった。37年前だ。僕をもっとも熱くさせたのは、この本である。6メートルに満たないヨットに乗って1人で太平洋を横断した冒険だ。高卒後5年をかけた周到な準備の上、日本から覚悟の密出国をしたという。シビれた。さてその後、僕には「世界で最初の何か」ができたのだろうか。久しぶりに本書を手にして考えている。

    藤木久志著『戦国史をみる目』(校倉書房、3800円)

     清水克行(日本史学者・明治大教授)

     昔、先輩から言われた。「良い歴史書というのは、それを読んだ後、何か行動したくなる本だ」と。今の自分を見つめ直し、何かに駆り立てる本。本書は、そんな貴重な一冊かもしれない。話題は女性・一揆・侵略など、戦国時代の庶民生活全般におよぶが、彼らはいずれもただ「弱者」「被害者」としては描かれていない。「それが善であれ悪であれ、民衆はその歴史に闘いつつ主体的にコミットしていた」。そんなたくましい「ご先祖様」たちに、我々は恥ずかしくない生き方をしているか。時を越えて、「主権者」としての覚悟すら問いかけてくる本だ。

    正岡子規著『 仰臥漫録 ぎょうがまんろく 』(岩波文庫、500円)

     高野ムツオ(俳人)

     高浜虚子を「熱きこと火のごとし」と言ったのは子規だが、子規の生涯はもっと熱かった。明治初期、古典をあまねく渉猟し、短歌、俳句の革新に34年の短い生涯を費やした。その死の直前、約1年の病床日記が本書。短歌や俳句、水彩画に交じって闘病の苦痛、失意、号泣など、人間的な感情が赤裸々につづられている。自殺を考えた件も鬼気迫る。眠る、食う、排泄はいせつなど生理現象も隠すところがない。食欲のすさまじさには驚くが、その筆致は生きることとは何かという根源へまで迫っている。夏痩なつやせなどは笑止、熱く生きねばと自省させられる。

    杉本有朋著『ガリンペイロ(採金夫)体験記 アマゾンのゴールドラッシュに飛び込んだ日本人移民』(近代文芸社、1700円)

     旦敬介(作家・翻訳家・明治大教授)

     著者はブラジルに移住して魚の卸売業で一儲ひともうけしたのち、五十代で単身、セラ・ペラーダの露天掘り金山に金を掘りに行った。泥だらけになり、人夫たちとやり合い、って病院に行き、盗まれだまされる五年間。サルガドの写真などで伝説と化した場所だが、その実際の掘り出し・分配システム、女人禁制・飲酒禁止の世界の実情が生々しく描かれて、熱く燃えてくる。ブラジルで商売をするって、人間が生きるって、こういうことなのか。著者に言わせれば、「北伯」ではどこでもちょっと掘ればそこそこ金が出るんだそうだ。儲かるかどうかはまた別。

    尹東柱 ユンドンジュ 著、 金時鐘 キムシジョン 編訳『空と風と星と詩』(岩波文庫、560円)

     月本昭男(旧約聖書学者・上智大特任教授)

     死ぬ日まで天を仰ぎ/一点の恥じ入ることもないことを、

     故郷の友人たちに残した私家版詩集の冒頭に、こう書きつけた尹東柱は、日本留学中、民族独立を扇動したかどで収監され、1945年2月、解放の時を待たずして獄死した。その彼の詩集が数年前から文庫本で読めるようになった。訳者の在日詩人金時鐘によれば、尹東柱は時勢にまみれることのない澄んだ抒情じょじょうの民族詩人であった。彼が獄死した福岡をはじめ、日本各地でも尹東柱の詩を読む会がもたれているという。この夏、詩集に付された原文にも挑戦してみよう。

    マイケル・オンダーチェ著、土屋政雄訳『イギリス人の患者』(新潮文庫、品切れ)

     出口治明(ライフネット生命会長)

     夏より熱くなるものは恋以外に考えられるだろうか(ちょっと短絡的かな?)。「あの人の肉体は、私が飛び込んで泳いだ知恵の流れる川。この人の人格は、私がよじ登った木」。『イギリス人の患者』の一節だ。恋には一気に燃え上がる激しい灼熱しゃくねつ型と、静謐せいひつだがそれ故に融点が極限にまで高くなる道行みちゆき型があるような気がするが、本書は『トリスタン・イズー物語』や『冥途めいどの飛脚』などと並ぶ道行型の傑作だと思う。アカデミー作品賞に輝いた映画が有名だが、詩的な文体が織りなす原作も決して映画に劣らない。読めば熱くなること請け合いです。

    マーガレット・ミッチェル著、鴻巣友季子訳『風と共に去りぬ』第1~5巻(新潮文庫、670~790円)

     長島有里枝(写真家)

     昨年刊行された鴻巣さんの新訳が生き生きとしている。母が映画の大ファンで、半ば強制的に鑑賞させられたのは高二の夏だったか。長いくせにちっとも面白くない、と思ったが、三十代半ばでふたたびて衝撃を受け、経験が追いつかないと心に響かない作品があると思い知った。

     本で描かれるスカーレットは映画よりずっと賢くて優しくて複雑な女性だ。アメリカ南部の綿花プランテーションで育った裕福な女性の成長を描いた本書は、南北戦争の本でもある。五巻完結なので、夏休みに一気読みするといい。

    2016年08月22日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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