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    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    お題は「猛暑知らず ヒヤッとする本」<1>

     今週は「本よみうり堂」恒例、夏休みの1冊特集。「猛暑知らず ヒヤッとする本」というお題に答え、膨大な読書量を誇る読書委員らが選んだ究極のクールな本の数々。地球規模で寒くなったり、体の底や心の奥から冷たくなったり。この本さえあれば、クーラーも扇風機も不要。せみ時雨に包まれて読書に励みましょう。

    アンナ・カヴァン著、山田和子訳『氷』(ちくま文庫、900円)

     青山七恵(作家)

     夏の盛り、何本アイスを食べてもきりがないような猛暑日には、胃にではなく頭にドンと氷の世界を投入してみるのはどうだろう。

     刻々と氷に侵蝕しんしょくされつつある終わりかけの世界を描いた本書を開けば、たちまち脳内に激しいブリザードが吹きすさぶ。迫り来る氷塊のすさまじい冷気に体感温度が二、三度下がり、忘れられない少女を延々と追い続ける主人公「私」の氷点下の執念には脳髄が凍るよう。読み終えたときには、きっと部屋中の窓をぴったり閉めきって、温かいココアを飲みたくなっているでしょう。

    石黒浩、飯田一史著『人はアンドロイドになるために』(筑摩書房、1900円)

     朝井リョウ(作家)

     アンドロイドの世界的研究者である著者が、現実の研究内容を織り交ぜつつ想像力を無限に広げて編んだ初の小説集。

     新技術に関する報道に触れると、漠然とした嫌悪感が湧くことが多い。この本は、人間を完全にコピーしたロボットや機械への人間の頭脳のコピー等、非現実的に響く設定を用いることで逆に「人間とは」「死とは」という私たちに身近な問いを生んでおり、読んでいるうちに正体不明だった嫌悪感が要素分解されていく感覚がある。わからないものへの不安は知ることでしか鎮められない。過熱気味の頭を冷静にしてくれる一冊だ。

    中谷宇吉郎著『雪』(岩波文庫、500円)

     安藤宏(国文学者・東京大教授)

     筆者は物理学者で雪の結晶の研究で世界的に知られる存在である。寺田寅彦の弟子で、近代を代表する科学随筆の名手でもある。この書は格好の自然科学入門書として、長く読み継がれてきた。

     六角形の幾何学的な花模様の数々。顕微鏡の中で、この世のものとは思えぬもう一つの美の世界が展開する。冬の十勝峠の洞窟に結晶の観察に赴いたり、零下三〇度の特別室で人工雪づくりにいそしんだり……。ひとたび冷徹無比な構成美にとりつかれてしまった時、そこに果たして科学と芸術との境はあるのだろうか。

    L・ザッヘル=マゾッホ著、種村季弘訳『毛皮を着たヴィーナス』(河出文庫、630円)

     伊藤亜紗(美学者・東京工業大准教授)

     ぞっとするほど残酷な貴婦人と、その奴隷となることに快楽を覚える男。言わずと知れた「マゾヒズム」のルーツとなった小説である。面白いのは、彼女の態度だけではなく体そのものが冷たく描かれていることだ。

     何しろ彼女の本性は、保養先の庭に据えられていた大理石の像である。男は夜な夜な冷たい台座に顔を押し付けてその愛を乞う。すると愛の熱で石が溶けたか、現身うつせみのような婦人が現れるのだ。次第に調教されて冷淡な女王になっていく婦人。苦痛が快楽に転じる瞬間、皮膚の上で冷たさが熱に変わる。まさに「肌で読む」小説である。

    レイ・ブラッドベリ著、大西尹明訳『ウは宇宙船のウ』(創元SF文庫、880円)

     稲泉連(ノンフィクションライター)

     以前は父のものだった古びた一冊の短編集を、本棚の片隅に見つけたのはいつのことだっただろう。レイ・ブラッドベリが自選した詩情あふれる十数編のSF小説の中に、「霧笛」という著名な作品を見つけて読んだ。

     会話をする二人の男。霧の立ち込める仄暗ほのぐらい海を、灯台の光が照らしている。しんとした夜の静けさを切り裂く霧笛の音が、遠くの方から寂しげに聞こえてくるような描写が切ない。

     荒寥こうりょうとした冬の浜辺と、霧笛の響きを暗い海の底で聞く太古の怪物の孤独。読後、それらの冷たさが、胸の奥にそっと埋め込まれてしまった気がした。

    米原万里著『マイナス50℃の世界』(角川ソフィア文庫、476円)

     苅部直(政治学者・東京大教授)

     どうせなら、激寒の国に思いをはせてはいかがでしょうか。ロシア連邦内にあって北半球でももっとも寒い場所、シベリアのサハ共和国。

     平均気温がマイナス五〇度という冬季に、テレビ番組の撮影旅行に挑んだ記録です。吐く息がたちまち氷に変わり、プラスチック製品は粉々になる。

     しかし現地の民族、ヤクート人たちは幸福そうに暮らしています。暖かいところに行くとかえって調子が悪くなる、と。

     本紙の読書委員も務めた米原万里さんの幻の処女作を、没後にまとめた一冊。八月は故人をしのぶ月でもあります。

    桜井邦朋著『夏が来なかった時代』(吉川弘文館 歴史文化ライブラリー、1700円)

     清水克行(日本史学者・明治大教授)

     茨城県古河市には、街のあちこちに雪の結晶マークが見られる。これは好学の古河藩主土井利位としつらの雪の結晶観察に由来する。著書『雪華図説』には可憐かれん緻密ちみつな図様が載る。しかし、それができたのは、19世紀初めの茨城が近代の北海道と同じ気候だったからだった。同じ頃、欧州ではリンゴの開花が2か月も遅れ、描かれた風景画の7割以上が曇天だった。夏がつねに暑いとは限らない。同じ話題の反復と叙述の散漫さが残念だが、人類の歴史が気候に振り回されていたことが詳述されている。いつかまた小氷期は巡ってくる。そう思うと、背筋も冷える。

    ル・クレジオ著、菅野昭正訳『アフリカのひと 父の肖像』(集英社、1800円)

     旦敬介(作家・翻訳家・明治大教授)

     アフリカが暑かったかというと、ル・クレジオの記憶では全然ちがう。父が英国の軍医として赴任していたナイジェリアに、戦争が終わって八歳で初めて渡った彼にとって、そこは爽快な自由の場所だった。戦中の鬱屈うっくつと身体に対する恥の感覚から解き放たれたからだ。

     一方で、ヨーロッパを拒絶するあまり、偏屈な「アフリカの人」となってしまった父の人生。それが二十世紀の暴虐の歴史にどれほど左右されたものだったか、死後二十年を経てようやく悟って和解する。深くて静かで、ひんやりとした思考の一冊。何度でも読み返したくなる。

    かき氷コレクション実行委員会著『かきごおりすとVol.5』(フィッシュレコード発行、メディア・パル発売、833円)

     塚谷裕一(植物学者・東京大教授)

     最近、日本のかき氷は大ブレイク。トッピングが本当の果物なのは当たり前。アボカド、焼き芋、カボチャをはじめ、クリームを仕込むのも今や定番。天然氷を使ったり、あるいはフルーツを凍らせて削ったり、果てはエスプーマ(泡)技法も使うなど、各工夫で競い合っている。

     そういうかき氷を食べ比べる際、目安になるのがこのガイド。私が初めて見たのは三年前のvol. 2だったが、当時百八ページだったこのシリーズも、今年のvol.5では百八十ページを超えている。ここに載っていない名店も多いので、是非いろいろ食べ比べてみていただきたい。

    田近英一著『凍った地球』(新潮選書、1200円)

     出口治明(ライフネット生命創業者)

     お題を見て脳裏に浮かんだ本は『一日一氷365日のかき氷』だった。1年かき氷を食べ続ける、考えただけでもひんやりするではないか。でも誰かと重複しそうな気がしたので、この案は捨て地球全体が凍結する本を選んだ。地球が生まれて46億年つが、原生代(25億~5億4200万年前)には少なくとも3回、全球凍結が起こったらしい。このスノーボールアース仮説によると、真核生物は最初の全球凍結の直後に生まれており、凍結がなければ生物はバクテリアのままだったかも知れないのだ。生物はどう生き残ったのか? それは読んでのお楽しみ。

    カルミネ・アバーテ著、関口英子訳『ふたつの海のあいだで』(新潮社、1900円)

     長島有里枝(写真家)

     「いちじくの館」は、カラブリア地方のロッカルバという小村にかつて繁盛した、伝説の旅館だ。主人公の少年フロリアンは夏休みに母の実家を訪れるたび、ベッルーシ家の誇りだった館の話を聞かされる。いまは廃墟はいきょとなった館を再建するのが祖父ジョルジョの悲願なのだが、ある夏、彼は突然、姿を消してしまう。暑くて濃い南イタリアの夏を舞台に、炎の男ジョルジョとフロリアンの熱く温かい交流を描く。しかしそれだけでは終わらず、歴史や土地独特の問題に翻弄ほんろうされる彼らには衝撃の結末が待っている。読み手は背筋の凍る思いがするはずだ。

    2017年08月18日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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