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    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    『シンジケート』1990年 穂村弘さん

    見てる人の視界へ進む

     一九九〇年の春の夜のこと。ベッドでぼんやりしていたら、不意に気がついた。あと二年で二十代が終わる。そして、愕然がくぜんとした。このままでは何もしないまま、三十歳になってしまう。いや、もしかしたら、自分は一生何もしないんじゃないか。まさか。でも。考え出すと、不安でたまらない。

     私は会社員だった。本当は物書きになりたかったけど、働かないとお金がもらえない。通勤は片道一時間四十五分。毎日終電で帰って、眠るまでの間に三十分くらい短歌や文章を書くという生活だった。

     そして、ずっと待っていたのだ。る日、自分のもとに届くはずの一通の手紙を、一本の電話を。

     「あなたには才能がある。前からすごいと思っていました。本を出版しませんか」

     でも、待っても待ってもどこからも連絡が来ない。ポストに入ってるのはチラシだけ。電話は鳴らない。おかしい。どこかで誰かが必ず見てる、はずじゃなかったのか。見てる人、僕はここにいるよ、見つけて、早く、早く。でも、何も起きない。時間だけがどんどん過ぎてゆく。残業、残業、残業、爆睡。もしかして、本当は、見てる人なんていないんじゃないか。一生このままなんじゃないか。どこかで誰かが必ず見てる、ってったのは誰だ。どうしてそんなひどいうそを。

     自費出版しかない。そう思って、暗くなった。私より若い作家たちが次々にデビューしているのに、自分でお金を払って、千部に満たない短歌の本を作り、そして、たぶんほとんど誰にも読まれることはない。

     でも、他に道はなかった。友人が編集者として勤めていた出版社にお願いした。その人は「大丈夫」「あなたには才能がある」と何百回も云ってくれた。それが無かったら、私の心はもたなかったと思う。

     自分の歌集を出版するために、就職してからの三年間でめた百万円を全部使った。貯金がゼロになって、その代わりに私の手元に一冊の美しい本が残った。タイトルは『シンジケート』。

     終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて
     サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい
     体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ

    • デビュー前後のころ
      デビュー前後のころ

     ほとんど反響はなかった。私は絶望して、すべてに無感覚になった。だが、半年後、新聞の文芸時評に『シンジケート』が紹介された。無名の作者の自費出版の歌集なのに、と驚き、「三億部売れてもおかしくない」という言葉に目を疑った。執筆者は作家の高橋源一郎さんだった。

     見てる人はいた。でも、神様のように見てるわけじゃなかった。見てる人の視界の中まで、こちらから、よろよろとよろめきながらでも出て行かないと駄目なのだ。しかも、それを何度も何度も、生きている限り繰り返すしかない。初めての本作りを通じて、私はそのことを知った。

     『シンジケート』は、三億部売れなかった。ほとんど売れなかった。私が会社を辞めて専業の歌人になったのは、それから十五年後のことである。

    【近況】 恐怖をテーマにしたエッセイ『鳥肌が』(PHP研究所)が刊行されました。小さな子供と大きな犬が遊んでいるのを見るのがこわい。「よそんち」の不思議なルールがこわい。赤ちゃんを手渡されるのがこわい。「母」がこわい。京都、大阪、福岡の書店で記念トークをする予定です。

    プロフィル
    ほむら・ひろし
     1962年、北海道生まれ。歌人。斬新な作風の歌集『シンジケート』で90年代の「ニューウェーブ短歌」を先導した。2008年、短歌評論集『短歌の友人』で伊藤整文学賞、連作『楽しい一日』で短歌研究賞。エッセーも人気。
    2016年08月31日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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