文字サイズ
    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    『背の眼』2005年 道尾秀介さん

    ピザ食べたら 聞こえた

     いまから十七年前。

     小説家の夢を抱きつつ、海が近くて納豆が有名な町で、住宅関係の営業マンをやっていた。仕事をして、アパートに帰って小説を読んで、寝て起きて仕事をして、アパートで小説を書いて、読み直してガッカリして。――デビュー作となった長編のアイディアを思いついたのは、そんなある日の午後のことだった。

     ミスタードーナツかサブウェイか別のチェーン店だったか忘れてしまったけれど、とにかくそのときだけ期間限定でピザを提供していたファストフード店があった。僕はその店でピザを食べながら、意外性というものについて考えていた。ドーナツ店(あるいはサンドイッチ店)でドーナツ(あるいはサンドイッチ)が売られていても、人はうれしさを感じないけれど、こうして意外なメニューがあると、つい嬉しくなって注文してしまうものだなあと。

     いまはいろんな小説を書くけれど、当時はホラーに夢中で、怪奇現象を扱った習作をたくさん書き、ときおり新人賞にも応募していたのだが、落選つづきだった。何かやりかたを変えないと、このままでは駄目だという漠然とした予感を抱いていた。

     ちょっと、真似まねしてみようか。たとえば怪奇小説というお店で、別の食べ物を出してみるのはどうだろう。ミステリーがいいかもしれない。そうだ、ミステリーは論理的だから、自分が書いているような怪奇現象とは本来そぐわない。そこを上手うまいことミックスさせることができたら、読んだ人は嬉しがってくれるのではないか。

    • 2004年、第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、スピーチをする29歳の道尾さん(撮影=新潮社写真部)
      2004年、第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、スピーチをする29歳の道尾さん(撮影=新潮社写真部)

     そんなことを考えているうちに、ふと声が聞こえた。

     これはもう本当に、思いついたというよりも、聞こえたといったほうが近くて――。

    「レエ……オグロアラダ……ロゴ……」

     後にデビュー作となった長編小説『背の眼』の中で重要な役割を演じる、謎の言葉だった。聞こえた瞬間にゾッとした。ピザをあごの動きが止まって鳥肌が立った。謎の言葉と同時に、その意味も聞こえていたからだ。

     謎の言葉を足がかりに、その夜からさっそく新しい小説を書きはじめた。まずは怪奇小説の短編として仕上げ、それを第一章とする。そこにミステリーをミックスしつつ長編に…しようと思ったのだけど、そう簡単にはいかず、けっきょく第一章だけがNECのデスクトップパソコンの中で数年間も寝かされることとなった。しかし、やがてアイディアを思いつき、寝ていた作品をたたき起こしてつづきを書いてみたところ、その長編が新人賞を受賞し、十年来の夢だった小説家デビューとあいなった。小説家になると決めた十九歳のとき、タイムリミットを十年間と決めていて、まさにその十年間が終わろうとする年のことだった。

     あのときあの店が期間限定のピザを出していなかったら、いま頃どこで何をしていただろうか。

    【近況】 Eテレ「フックブックロー」の傑作くん役でお馴染なじみの谷本賢一郎さんと、DENという音楽ユニットを組んでいます。歌を作る際、小説の経験が上手うまいこと作用してくれ、これもまたドーナツ店(あるいはサンドイッチ店)のピザのように、誰かの喜びにつながってくれれば幸いです。

    プロフィル
    みちお・しゅうすけ
     1975年生まれ。2004年『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞、09年『カラスの親指』で日本推理作家協会賞。10年『龍神の雨』で大藪春彦賞、『光媒の花』で山本周五郎賞、11年『月と蟹』で直木賞。他に『向日葵の咲かない夏』『笑うハーレキン』など。
    2017年04月26日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    リンク