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    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    『池袋ウエストゲートパーク』1998年 石田衣良さん

    名刺代わり夢が現実に

     初めて小説家になりたいと思ったのは七歳の夏だった。ぼくの始まりの一冊『池袋ウエストゲートパーク』が書店にならんだのは、それから約三十年後のこと。うれしかったかと質問されても、こたえに困ってしまう。正直なところ、ほっとはしたが、興奮して眠れないほどではなかった。覚めない夢にようやくひと区切りついた。そんな感覚だった。初の単行本は知人が書いた本のように平積みを一瞥いちべつしておしまい。へえ、こんなの書いたんだ。

     ほんとうにびっくりしたのは、デビュー作のドラマ化がすぐに決定し、スタッフ・キャストに恵まれて全国的な大ヒットになったときだった。西口公園に散歩にいくと、白いタンクトップの子どもたちが大量発生している!

     デビューした当初はプロなのだから、つぎの一冊を早く書かなくちゃ、とだけ考えていた。それは二十周年の今も変わらない。以前世にだした著書があるから作家なのではない。今も書いて(苦しんで!)いるから作家なのだ。

     デビューするまえ、ぼくはフリーのコピーライターだった。コンビニで立ち読みした女性誌の星占いで、牡羊座は「自分のなかにあるものを結晶化させると吉」と読んで、つぎの日から創作を始めたのだ。

     読んできた冊数は無暗むやみに多かったけれど、自分でもなにが書けるかわからなかった。手近な新人賞につぎつぎと適当に応募していく。順番はホラー、純文学、ミステリー。結果は最終選考、最終選考、受賞というもの。あれおかしいな、新人賞ってぼくが勝手に想定していたよりもむずかしくないのかもしれない。というよりぜんぜんかんたんじゃん。生意気にそう思ったのだった。

     デビュー作は街と田舎の境にある池袋に住む少年たちが、自分たちなりのルールでさまざまな事件に決着をつけていく連作集だった。シリーズの舞台とキャラクターが固定されたことで、作劇上あつかう事件には新鮮さが欠かせない。

     ユーチューバー、特殊詐欺、違法ドラッグ、外国人研修生制度、ヘイトスピーチ、ブラック企業……目のまえで発生したばかりの事件を投げこんで、同時代性とエッジの鋭さで勝負するシリーズに、いつの間にか成長していったのである。

    • 『4TEEN』の舞台の街ともなる東京・月島の仕事部屋で、長男を抱く石田さん(1998年)
      『4TEEN』の舞台の街ともなる東京・月島の仕事部屋で、長男を抱く石田さん(1998年)

     飽きっぽいぼくがデビューから二十年で十三冊も書いてしまった。もちろんシリーズ以外でも、恋愛小説、SF、ファンタジー、少年小説、かなり濃厚な性愛小説(趣味なのです)など、気のむくままに書いてきた。ぼくはプロ作家というより、小説という表現形式のファンで、勝手にラブレターを書き続けているのかもしれない。確実に読者を増やし、読み手のために自分を殺して書くというのは、プロとして尊敬するけれど、ぼくには不可能な芸当である。

     映像化舞台化された作品は両手で余るほどになった。それでも作家・石田衣良の名前を覚えてもらう最初の名刺となるのは、今でも『池袋ウエストゲートパーク』のシリーズだ。

     そういう名刺代わりの一冊をもつ。作家にとって、これほどありがたいことはない。どの分野でも頭角をあらわし、名前を覚えてもらうまでがたいへんだ。出版界はぼくがデビューしたころから、一貫して右肩さがりである。それでも「始まりの一冊」の幸運は続き、今も作家として毎日を暮らし、新しい作品を書いている。ぼくは七歳のとき見た夢を生きている。

    近況

     十一月開始の新聞連載小説のため東京大空襲の資料を読む。悲惨の極み。集英社「小説すばる」で娼年(しょうねん)シリーズ最終話『爽年』短期集中連載中。「小説新潮」では『清く貧しく美しく』、文春「オール讀物(よみもの)」では池袋シリーズを連載中。三年ほど体調不良で仕事を抑えていたが、巡航速度に復帰。

    プロフィル
    いしだ・いら
     1960年東京生まれ。広告制作会社を経てフリーのコピーライターに。1997年「池袋ウエストゲートパーク」でオール読物推理小説新人賞を受賞し作家デビュー。翌年、単行本を刊行。2003年『4TEEN』で直木賞、13年『北斗』で中央公論文芸賞。

    2017年10月25日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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