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    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    『高円寺純情商店街』1989年 ねじめ正一さん

    小説家の筋肉不足 自覚

     一九才頃から詩を書き始め、三三才の時に、自費出版の処女詩集で詩の大きな賞をいただいた。と言っても、「詩人」としてメシを食っていけるわけではないから、親の民芸店を手伝いながら朗読会に出たり、時折、雑誌の取材を受けたりしながら暮らしていた。

     そんな折、知り合いの編集者が、「ねじめさん、小説を書いてみませんか? ねじめさんの詩は物語性があって散文的要素があるから、きっと書けますよ」と、声を掛けてくれた。小説なんて大それたものが書けるはずがないと躊躇ちゅうちょしていると、彼はやんわりと私の背中を押しながら、小説はひとつのことを丁寧にきちっと書くことだと教えてくれた。

     原稿が出来れば出版社に出向いて、感想をもらい、また書き直し、やっと小説雑誌に掲載してもらって、単行本『高円寺純情商店街』が出版になるまで三年ほどかかった。時代は昭和から平成に変わる頃だった。

     思いもかけずこの処女作で平成元年に直木賞を頂き、私の生活は一変した。

     それまでの詩集は、ほとんどが自費出版か、自費出版でなくても印税をもらえない何百部の世界だったから、まずはその増刷の数にぶったまげた。それと同時に、印税がきちんと振り込まれてくるのだ。

     新宿の紀伊国屋書店に『高円寺純情商店街』が山積みになっているのを見た時は、「この本、本当に全部売れるの? 本屋さんに在庫かかえさせて損をさせたら申し訳ない」という、長年培われた商人根性が頭をもたげたりもした。だが、そんな私の心配なんか吹っ飛ばされ、自分の見えないところで大きな何かが動いているという実感を持った。直木賞を取った直後には、地方からわざわざねじめ民芸店にやって来て、「なんだ、乾物屋じゃないの」と、不満を言うおばさんがいたり、ねじめ正一と『高円寺純情商店街』の主人公の正一がオーバーラップして、「正一君はいますか」と、同級生のように訪ねてくる中学生もいた。

    • 直木賞に決まり、同時受賞の笹倉明さんと握手するねじめ正一さん(右)=1989年7月
      直木賞に決まり、同時受賞の笹倉明さんと握手するねじめ正一さん(右)=1989年7月

     何よりも、憧れの長嶋茂雄さんと直木賞記念対談をさせて頂いたり、大好きなビートたけしさんとテレビのレギュラー番組でご一緒できたりと、メディアの露出回数も圧倒的に増えた。私の生まれ育った高円寺銀座商店街までも、愛称が「高円寺純情商店街」に変わった。街を歩いていても声を掛けられることも多くなった。

     ところが、『高円寺純情商店街』がその後の私の苦しみとなる。直木賞を取ったことで小説の依頼がどんどんきたが、私には書きめた作品がひとつもないし、詩人の筋肉はあっても、小説家の筋肉は出来ていなかった。

     『高円寺純情商店街』を出版して来年で三十年目になる。小説の筋肉ができていないまま書いた『高円寺純情……』で書き足りなかったものがこの三十年で見えてきて、今年八月に、小説『むーさんの自転車』を出版した。

     丁度ちょうど私が小説を書き始めた昭和から平成への変わり目を起点として、高円寺と長野を舞台にした小説である。この小説を書き切ったことで、私の小説家としての筋肉もやっと出来上がったと思っている。

    近況 一〇月二五日、文芸春秋より『ナックルな三人』を刊行。野球のナックルボールを介在した大人三人の恋愛小説である。孫の六才のこうくんと一才の孫娘のあーちゃんが喜ぶような楽しい絵本を書こうと、絵本のための筋肉トレーニングにもまじめに励んでいる。

    プロフィル
    ねじめ・しょういち
     1948年東京生まれ。父は俳人のねじめ正也。東京・阿佐谷パールセンター商店街で「ねじめ民芸店」を営む。81年、詩集『ふ』でH氏賞、89年に小説『高円寺純情商店街』で直木賞、2008年に小説『荒地の恋』で中央公論文芸賞を受賞。

    2017年11月29日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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