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    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    『幸福な遊戯』1991年 角田光代さん

    書いては直し また直し

     一九九〇年に『海燕』という文芸誌の新人文学賞をいただいてデビューすることになった。担当編集者から受賞後第一作を書くように言われたので、すぐに書きはじめた。受賞作だけでは枚数が足りなくて一冊の本にならない。この受賞後第一作が雑誌に掲載されれば、受賞作と併せて単行本にしてもらえるのだと思っていた。

     デビューしてすぐに生活費が尽きたので、某会社でアルバイトをはじめていた。アルバイトから帰った夜の時間と週末を使って次作を書き上げて、編集者に渡した。すぐに雑誌掲載になると思っていた私の考えは甘かった。書きなおすように言われて全体的に書きなおし、それもまたなおすようにと指示され、またなおし、またなおすように言われて、またなおし、その後、全面的にボツとなった。まったく違う小説をまた書きはじめ、なんとか書き上げて渡す。するとまた書きなおしを提案され、書きなおして渡し、さらに書きなおすように言われ、書きなおし、またしても……、と延々続く。

     コンピュータも携帯電話もない当時、編集者は毎回、私のアルバイト先であるオフィス街にやってきた。昼休み、会社員で混むレストランや喫茶店で向き合い、原稿を真ん中に、ここの部分がに落ちない、ここの場面は必要か否か、等々、話し合った。「セックスはここで必要だろうか」「ここでセックスが出てくるけれども」と、昼日中の、会社員しかいない場で、編集者が幾度も言うのがいやだったけれど、しかし私は、果てしなく続く書きなおしがだんだんたのしくなっていた。

     具体的にどこと言われるのではない、抽象的な話を編集者はするのだけれど、話をすればするほど、なおせばなおすほど、その小説にとって無駄な部分、必要な部分、重要な部分が、立ち上がるように見えてきて、そのことに私は興奮した。応募するための小説をひとりで書いているのとは、まったく異なる作業だった。

    • 『海燕』新人文学賞の贈賞式で(1990年10月22日)
      『海燕』新人文学賞の贈賞式で(1990年10月22日)

     デビューしてから書きなおしているばかりで、いっこうに本が出ないことに焦ってはいたが、幾度書きなおしても苦にはならなかった。

     書きなおし続けてどのくらいたっただろう、あるときアルバイトから帰ると、留守番電話が点滅して、メッセージがあることを伝えている。再生ボタンを押すと、「角田さん、これを待っていたんです! やりましたね」と編集者の声が部屋に響いた。暗い部屋で私はガッツポーズをした。ちょっと泣いた。

     新人賞の受賞作と、書きなおし続けた次作「無愁天使」の収録されたはじめての単行本を手にしたときのことも昨日のことのように覚えている。いつものオフィス街のレストランに、できたての単行本十冊を持って編集者がやってきた。一冊を私に手渡して、彼は満面の笑みで言った。「宇野亜喜良さんが表紙の絵を快く三枚も描いてくださって……大先生なのにすごく安価で引き受けてくださったんですよ!」

     本を一冊出すのってとてつもなくたいへんなのだなあと、三人の女性の絵をありがたく見つめて思った。デビューしてから、一年がたっていた。

    近況  二〇一五年から、河出書房新社の、池澤夏樹さん個人編集『日本文学全集』のシリーズとして、『源氏物語』の現代語訳に取り組んでいます。昨年『源氏物語 上巻』を刊行し、『中巻』は、今年五月に刊行予定だったのですが、私の力不足のせいで、十一月に延期となりました。

    プロフィル
    かくた・みつよ
     作家。1967年神奈川県生まれ。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞。2005年『対岸の彼女』で直木賞。06年「ロック母」で川端康成文学賞。代表作に『八日目の蝉』など。最新刊は『私はあなたの記憶のなかに』。
    2018年04月25日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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