文字サイズ
    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    『村落伝承論』1987年 三浦佑之さん

    古代文学研究の出発点

     一九七九年五月、遠野駅前の自転車屋で変速機付の自転車を借り、未舗装の山道を早池峰神社(遠野市附馬牛つきもうし町)まで行った。往復五〇キロほどのサイクリングだったが、萱葺かやぶきの南部曲屋まがりやが目につく盆地の町遠野とわたしの付き合いは、その時から始まって今に続く。まだ東北新幹線が開通する前のことだ。

     話はそこから一〇年ほど前に飛ぶ。岩手県の花巻市と釜石市との中間に位置する山深い里のことは、『遠野物語』(柳田国男)という書名とともに前から知っていた。ただし、河童や座敷わらしや山男の伝承を集めた『遠野物語』を読んだのは、吉本隆明『共同幻想論』(河出書房新社、一九六八年)を通してであった。

     共同体と国家について論じた吉本の著作は、あの時代の学生には一種のバイブルだった。しかもわたしは、ちょうどその頃から古代文学の世界に興味を持ち、『古事記』を読んでいた。そこに、『古事記』と『遠野物語』とをおもな材料として共同体を論じる本が出たのだから、向きあわないわけにはいかない。

     その後わたしは、七六年から神保町にある女子短大で古代文学を教えはじめた。そこで、研究の幅を広げ、学生たちの興味に応えるために、昔話や『遠野物語』を取りあげるようになる。『古事記』の神話や伝承の背後にあったはずの文字を介さない「語り」への関心が、わたしのなかで膨らんでいたのである。

     そんなふうにして、『遠野物語』や昔話、また古代の神話や伝承について学会誌や紀要に発表しつつ、<『遠野物語』から>という副題をもつ『村落伝承論』を、五柳書院の小川康彦さんに出してもらった。わたしにとって大切な「始まりの一冊」であり、大げさに言えば、そこで試みた表現や構造の分析がわたしの研究の方向を決定づける、そのような一冊であった。

    • 大学の教室にて。写真部の学生が撮ってくれた(1985年頃)
      大学の教室にて。写真部の学生が撮ってくれた(1985年頃)

     そしてまたこの本は、三重県の山村に生まれ育ったわたしの、村落と鉄路への鎮魂の書でもあった。というのは、この本が出た一九八七年は国鉄が分割民営化された年で、その前後、全国の赤字路線が次々に剥ぎ取られていた。わが故郷を走る名松線も廃止寸前だった。それはわたしには村の切り捨てにみえた。沿線住民の保存活動が功を奏して名松線は生き残ったが、国もわたしも、村を捨てたという思いは今も消えない。

     小川さんは大学の二年先輩で、学生時代からよく知っていた。そして、神保町で人文関係の出版社を立ち上げて間もない小川さんとは、時たま街角や書店で出くわすことがあり、立ち話をするうちに雑誌「五柳」に原稿を書かせてもらったりした。その縁で、今は一〇〇冊を超えた五柳叢書そうしょの五冊目に本書が並ぶという光栄に浴したのである。

     今は変わったが、わたしが若い頃の国文系の研究者の場合、最初の本は、専門出版社からA5判箱入りの分厚い研究書を出すというのが王道であった。そういう点でははじめから傍流をめざしていたのかもしれないのだが、『村落伝承論』は運よく第五回上代文学会賞(一九八八年)を受賞することができ、ひとまずわたしは、古代文学の研究者としてのスタートラインに立つことができた。その点でも本書は、「始まりの一冊」だということになる。

    近況 その後、神保町から千葉、品川へと移りながら教員を続け、昨年三月にめでたく定年退職した。会議と授業のない自由を享受しつつ、「出雲神話論」(「群像」)と「風土記博物誌」(「図書」)の連載を軸に日々を過ごす。出雲について、きちんと決着をつけて消えたいのである。

    プロフィル
    みうら・すけゆき
     1946年三重県生まれ。日本文学者(古代文学、伝承文学)。千葉大名誉教授。著書に『口語訳 古事記(完全版)』(角川財団学芸賞受賞)、『古事記を旅する』『風土記の世界』など。

    2018年05月30日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    リンク