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    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    読書委員が選ぶ「2017年の3冊」<下>

    奈良岡聰智(政治史学者・京都大教授)

    〈1〉山室信一著『アジアびとの風姿』(人文書院、3400円)

    〈2〉建林正彦著『政党政治の制度分析』(千倉書房、4600円)

    〈3〉秋本治著『BLACK TIGER ブラックティガー』1(集英社、600円)

     〈1〉は、日本と東アジアの関係について思索してきた碩学せきがくによる渾身こんしんの書。熊本人の東アジアへの熱い思い、著者と司馬遼太郎の交遊が興味深い。〈2〉は、日本の政治制度改革論議が衆議院に偏ってきたとし、参議院、地方議会を視野に収めた分析を提示。今後の選挙制度改革を考える上で、重要な視点だ。〈3〉は、著者の「こち亀」連載終了後初の新作。南北戦争直後を舞台にした痛快な西部劇から、銃社会アメリカの原風景も見えてくる。

    読書委員 この一年

     「明治150年」「第一次世界大戦終結100年」を控え、歴史の区切りや歴史認識の相違について考えた一年でした。

    納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

    〈1〉星野太著『崇高の修辞学』(月曜社、3600円)

    〈2〉フランソワ・アルトーグ著『オデュッセウスの記憶』(東海大学出版部、4800円=葛西康徳、松本英実訳)

    〈3〉小島毅著『儒教の歴史』(山川出版社、3500円)

     年の最後に、自分の読書用の本を紹介したい。〈1〉は「崇高」を論じた古代の修辞学書を読み解き、現代における言葉の可能性を問う美学論。〈2〉はフランスの西洋古典学者による定評あるギリシア文化論。旅を通じて私たちを古代と文学の魅力的な世界へと誘ってくれる。〈3〉は「儒教」を成立から現代、中国から日本まで見渡す、最新研究に基づく概論。私たちが生きる東アジア文化の基層と世界哲学の可能性を、これから考えていきたい。

    読書委員 この一年

     数多くの良書に巡り合い、若手の力作に励まされた。哲学書を通じて時代を見てきた。私自身は旧著を『哲学の誕生』として文庫化。

    服部文祥(登山家・作家)

    〈1〉森博嗣著『ペガサスの解は虚栄か?』(講談社タイガ、720円)

     Wシリーズは17年に3冊出た。クローン技術と人工知能で、種として老齢化する人類。科学文明にブレイクスルーがあるのか、先が楽しみ。

    〈2〉又吉直樹著『劇場』(新潮社、1300円)

     主人公の痛々しさがハンパない。ひととき家庭内でいくつかのシーンが語りぐさになった。

    〈3〉ジャック・ロンドン著『犬物語』(スイッチ・パブリッシング、2100円=柴田元幸訳)

     犬はリスクがあろうとも自分の才能を発揮する瞬間を求めるのか、座敷犬としてぬくぬくするのがうれしいのか。人間の冒険心にもつながる精神の謎をロンドンが明快な作品にしている。

    読書委員 この一年

     本を三冊出し、たくさん登り、たくさんり、その上、読書委員でたくさん読む、一年でした。望んだ忙しさなのでとても楽しかったです。

    土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

    〈1〉グスタフ・マイリンク著『ワルプルギスの夜 マイリンク幻想小説集』(国書刊行会、4600円=垂野創一郎訳)

    〈2〉ステファン・グラビンスキ著『火の書』(国書刊行会、2700円=芝田文乃訳)

    〈3〉伊坂幸太郎・文、マヌエーレ・フィオール・絵『クリスマスを探偵と』(河出書房新社、1300円)

     海外幻想文学がとにかく好きなのだが、そればっかり取り上げるわけにもいかなくて、ご紹介の機会を逸した古典を二冊。〈1〉は『ゴーレム』の作家の作品集。ロシア革命影響下に描かれた表題作の古都プラハにシビれた。〈2〉は『動きの悪魔』と『狂気の巡礼』で読者を熱狂させた「ポーランドのポー」短編集第三弾。テーマは「火」。装幀そうていにもご注目を。〈3〉は今日のこの日に稀代きだいのストーリーテラーのクリスマスストーリーはいかがだろう。

    読書委員 この一年

     今年の荒蝦夷は東北学院大学『震災学』を二冊、石巻学プロジェクト『石巻学』第三号、『勝山海百合現代語訳 只野真葛の奥州ばなし』を刊行しました。

    三浦瑠麗(国際政治学者・東京大講師)

    〈1〉東浩紀著『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、2300円)

    〈2〉ジャンシー・ダン著『子供が生まれても夫を憎まずにすむ方法』(太田出版、1800円=村井理子訳)

    〈3〉阿南友亮著『中国はなぜ軍拡を続けるのか』(新潮選書、1500円)

     〈1〉は今年のみならず日本でこれが出たことを祝福したい本。普遍的な問題を扱いながら激しい同時代性をまとい、かつ思考を前に進めている、独創的な本だ。

     〈2〉は今年同世代の女性と話していて最も支持された本。問題を見据えることが解決にも導いてくれるという意味でぜひ手に取ってほしい1冊。

     〈3〉は他誌で書評した。中国研究ではこの本に加え、本紙でも2点ほど紹介したが、いずれも良書でかつ読みやすかった。

    読書委員 この一年

     新書を3冊出しました。選挙や北朝鮮危機と色々あったようでいて、社会はそれ程変化しないなという1年でした。

    宮部みゆき(作家)

    〈1〉スティーヴン・キング著『死の舞踏 恐怖についての10章』(ちくま文庫、1500円=安野玲訳)

    〈2〉フランシス・ハーディング著『うその木』(東京創元社、3000円=児玉敦子訳)

    〈3〉小野俊太郎著『新ゴジラ論』(彩流社、1900円)

     〈1〉は1993年に邦訳の出たキングのホラー評論集。改訳・「まえがき」追加・町山智浩さんの解説付きという豪華な新装版です。〈2〉はファンタジー系の児童小説で、私の今年のベスト1。『種の起源』の衝撃に揺れるヴィクトリア朝社会に生きる十四歳の少女が、牧師で博物学者でもある(この立場の何とも苦しく複雑なことよ!)父親の不審死の謎を解いてゆく。〈3〉の著者小野さんの怪獣論はいつも示唆に富んでいて面白いです。

    読書委員 この一年

     可愛かわいがっていたおじいさん猫が逝き、ペットロスに泣き、子猫を迎えました。読書委員会でも猫本ラブ。猫尽くしの一年でした。

    柳川範之(経済学者・東京大教授)

    〈1〉ロレッタ・ナポリオーニ著『人質の経済学』(文芸春秋、1750円=村井章子訳)

    〈2〉村上春樹著『騎士団長殺し』第1部、第2部(新潮社、各1800円)

    〈3〉辻村深月著『かがみの孤城』(ポプラ社、1800円)

     〈1〉は、なかなか知ることのできない人質ビジネスの実態が、リアリティーをもって語られている。また、そこから見える国際政治の実情は、かなり衝撃的だった。〈2〉はやはり外せない今年の話題作。小説の面白さを改めて認識させてくれる。第三部は果たしてあるのか。〈3〉は、著者の良さがよく出ているファンタジー作品。終盤の展開は驚きの連続だが、そこから著者のメッセージがしっかりと浮かびあがってくるところも秀逸。

    読書委員 この一年

     様々な点で世の中が大きな変革期に差しかかっていると実感した年で、その中で経済学者がなすべきことは何か考えた年でした。

    橋本五郎(本社特別編集委員)

    〈1〉生井久美子著『ルポ 希望の人びと』(朝日選書、1500円)

    〈2〉中村紘子著『ピアニストだって冒険する』(新潮社、1800円)

    〈3〉星野博美著『今日はヒョウ柄を着る日』(岩波書店、1400円)

     偶然にも3点とも女性の作品になった。そこに共通しているのは人間や社会に対する鋭利な観察眼と批評精神である。

     〈1〉は誰をも襲うかもしれない認知症にどう立ち向かうべきか、限りない示唆を与えてくれる。

     〈2〉は今は亡き世界的ピアニストによる痛快な現代批判である。エッセイストとしても非凡なる才能を存分に発揮された。

     〈3〉は独特のユーモアを交えながら、人間の本質的なものまでえぐろうとするすごみに満ちている。

    尾崎真理子(本社編集委員)

    〈1〉松浦寿輝著『名誉と恍惚こうこつ』(新潮社、5000円)

     今年の小説ベスト1。〈至高の恍惚は注意力の充溢じゅういつだ〉。冒頭にあるS・ヴェイユの銘句がすなわち本著の創作姿勢だろう。

    〈2〉村上克尚著『動物の声、他者の声』(新曜社、3700円)

     大江健三郎、武田泰淳、小島信夫の小説で動物たちはなぜ、そのように表れたか。作家の意図を超える文化史的、今日的読解を与え、作品の真価を新たに発掘。若手研究者の力作が目立つ年だった。

    〈3〉原田治著『ぼくの美術ノート』(亜紀書房、2000円)

     昨秋逝去した原田さんは小村雪岱せったいを愛する辛口の批評家でもあった。心に残る洒脱しゃだつな紙の本。

    番外編(よみうり堂店主)

    〈1〉藤原辰史著『トラクターの世界史』(中公新書、860円)

    〈2〉今村昌弘著『屍人荘の殺人』(東京創元社、1700円)

    〈3〉レイモンド・チャンドラー著『水底の女』(早川書房、2300円=村上春樹訳)

     趣味の読書から。〈1〉はスタインベック『怒りのぶどう』から米の環境問題、ロシア革命、二つの世界大戦までトラクターで、20世紀が語れることに新鮮な驚きが。〈2〉はミステリー小説の歴史を画する作品となる予感を抱く。湖畔や海辺の町を行く孤高の騎士マーロウに、第2次大戦がほのぐらい影を落とす〈3〉は、その寂寥せきりょう感にひかれる。全長編を訳し終えた訳者のチャンドラーへの愛情が、原書に近い文体の香気をよみがえらせている。

    2018年01月01日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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