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    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    読書委員が選ぶ「2017年の3冊」<上>

     冬の冷気も夏の湿気も吹き飛ばす白熱の議論を交わし、価値ある本や面白い本、楽しい本を選んできた読書委員。今年最後の「よみうり堂」では専門分野も趣味も多彩な20人が、2017年に手にした本の中から、これはと思う3冊を紹介します。あなたの人生を変えるかもしれない「いい本」に出合えるはずですよ。

    青山七恵(作家)

    〈1〉松田青子著『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社、1400円)

     仕事人の幽霊たちに、大いに励まされました。生涯現役、どころじゃなくて、死後現役もありなのかも? 今を生きているというだけで、この世で大きな顔はできないのだなあ。

    〈2〉エリザベス・ストラウト著『私の名前はルーシー・バートン』(早川書房、1800円=小川高義訳)

     小説でしか語りえないであろう、ものすごく濃密でものすごく曖昧な時間に浸る幸福。

    〈3〉エレナ・フェッランテ著『リラとわたし ナポリの物語1』(早川書房、2100円=飯田亮介訳)

     二人の女性の半生を描く大長編の第一巻。込み入った友情の話は本当に面白い。ドラマチックな展開にしびれ、もだえました。続きが早く読みたい!

    読書委員 この一年

     小説『ハッチとマーロウ』(小学館)、『踊る星座』(中央公論新社)を刊行。本を読んでいないと、そわそわしてしまう1年でした。

    朝井リョウ(作家)

    〈1〉ダン・サヴェージ著『誓います 結婚できない僕と彼氏が学んだ結婚の意味』(みすず書房、3000円=大沢章子訳)

     養子を育てるアメリカのゲイカップルが現代における結婚について考え尽くす本。「夫婦」や「親子」など、既に名前のある関係ではない人間同士のつながり方を改めて考えた。

    〈2〉十市社著『滑らかな虹』上・下(東京創元社、上=1600円、下=1800円)

     不穏な筆致と独特な設定で上下巻一気読み必至のミステリ。今年最も時間を忘れさせられた作品。

    〈3〉タナハシ・コーツ著『世界と僕のあいだに』(慶応義塾大学出版会、2400円=池田年穂訳)

     旦敬介さんの書評を読んで購入した、アメリカで黒人として生きることについて語られた一冊。初夏に渡米する機会があり、出発前に同行者とともに読んだ本。

    読書委員 この一年

     二冊目のエッセイ集を上梓じょうしし、夢の“エッセイ三部作”完成まであと一歩に迫れた一年でした。来年は小説を書く年にします。

    安藤宏(国文学者・東京大教授)

    〈1〉松浦寿輝著『名誉と恍惚こうこつ』(新潮社、5000円)

     リアルな歴史的事実、過酷な現実を描きながら、茫漠ぼうばくとした疎隔感と根無し草の感覚が印象的。上海を舞台にした映画をかたっぱしから見たくなる。

    〈2〉柴田翔著『地蔵千年、花百年』(鳥影社、1800円)

     「終活」という切実なテーマが主題。個人的に、父を看取みとった前後に異様な感動をもって読んだ。身近な肉親の「記憶」について、しみじみ考えさせられる。

    〈3〉山路勝彦著『地方都市の覚醒』(関西学院大学出版会、4800円)

     昭和初頭、「中央」という概念が共有されて初めて「地方」も覚醒した。そこに着目すると、近代の様々な問題が見えてくる。

    読書委員 この一年

     七月に老父を看取みとり、来し方をしみじみ顧みる一年に……読書委員会は、とにかく知的好奇心を刺激される場でした。

    伊藤亜紗(美学者・東京工業大准教授)

    〈1〉千葉雅也著『勉強の哲学』(文芸春秋、1400円)

    〈2〉東浩紀著『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、2300円)

    〈3〉國分功一郎著『中動態の世界』(医学書院、2000円)

     生きづらさの処方箋となる臨床的・批評的な人文書に恵まれた。〈1〉によれば、「勉強」とは周りのノリに合わせている状態から抜け出て、別の見方や振る舞いを獲得すること。〈2〉は、ふわふわと旅する観光客に、国家の枠組みを介さない新たな政治そして普遍の可能性を見出みいだす試み。〈3〉は、能動でも受動でもない「中動態」という失われた態を発掘し、依存症など「意志」の枠組みで語れない事態にある人に、すぐれた分析の言葉を与えた。

    読書委員 この一年

     「お風呂で読書」が日課に(書評を書く頃にはページがシワシワ…)。研究面では、吃音きつおんを通して「しゃべる」行為の複雑さに迫りました。

    稲泉連(ノンフィクションライター)

    〈1〉酒見賢一著『泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部』(文芸春秋、2400円)

    〈2〉大鹿靖明著『東芝の悲劇』(幻冬舎、1600円)

    〈3〉石戸諭著『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房、1700円)

     〈1〉は酒見版「三国志」の最終巻。奇抜な世界をたっぷりと堪能させてくれた長編の完結に、最後はしんみりとした気持ちに。東芝の崩壊を濃密な取材で描いた〈2〉は、企業ノンフィクションの力作。歴代経営陣によって名門企業がちていく描写には手に汗握る迫力があった。〈3〉は3・11から6年、福島や三陸の「個」の言葉に寄り添うルポ。語り継ぐべきことを語り継ぐことの意味が、新しい書き手の切実な揺らぎとともに伝わってきた。

    読書委員 この一年

     一月の『「本をつくる」という仕事』の刊行。多くの刺激を受けた月に二度の読書委員会。まさに「本」とともに過ごした一年となりました。

    苅部直(政治学者・東京大教授)

    〈1〉三谷太一郎著『日本の近代とは何であったか』(岩波新書、880円)

    〈2〉武田百合子著『あの頃 単行本未収録エッセイ集=武田花編』(中央公論新社、2800円)

    〈3〉『日高理恵子作品集Rieko Hidaka 1979‐2017』(NOHARA BOOKS、4200円)

     長らくその作品に親しませていただいた著者たちの本が、今年はそろった。〈1〉は日本近代の歴史をふりかえり、現代政治について考えるための定番書として、読み継がれることだろう。〈2〉は著者が生前に本に収めず封印した文章を集めたもの。どれも見事に味わい深いエッセイなのに、さらに手を入れようと考えていたとは。〈3〉は樹と空を克明に描く画家の、初めての作品集。眺めていると視線が絵のむこう側へと吸いこまれてゆく。

    読書委員 この一年

     共著『日本の夜の公共圏 スナック研究序説』と、単著で『「維新革命」への道』『日本思想史への道案内』を刊行。勤勉な年でした。

    清水克行(日本史学者・明治大教授)

     最後ぐらいは専門の枠を踏み越えて。

    〈1〉森見登美彦著『太陽と乙女』(新潮社、1600円)

     去年は「おそ松さん」にハマったが、今年は森見ワールドに暮れた一年だった。京都を舞台にした奇想天外な世界観の舞台裏を語る随筆集。つねに新しい世界を私に教えてくれる学生らにも深謝。

    〈2〉服部進治著『葛藤を組織する授業』(同時代社、1500円)

     元高校社会科教師の授業実践録。白黒のつかない問題と向き合い続ける力を育む。今、教育で最も求められているものではないか。

    〈3〉仲代達矢著『役者なんかおやめなさい』(サンポスト、1500円)

     学生時代から大ファンだった名優の口述録。いつまでもご活躍を。

    読書委員 この一年

     若手研究者のご協力を得て、秋に共編著『室町幕府将軍列伝』(戎光祥出版)を刊行。来年は3年ぶりに書下ろし単著を出します、たぶん。

    旦敬介(作家・翻訳家・明治大教授)

    〈1〉タナハシ・コーツ著『世界と僕のあいだに』(慶応義塾大学出版会、2400円=池田年穂訳)

    〈2〉チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』(河出書房新社、1200円=くぼたのぞみ訳)

    〈3〉ルシオ・デ・ソウザ、岡美穂子著『大航海時代の日本人奴隷』(中公叢書、1400円)

     〈1〉が静かな熱情をもって記すアメリカ合衆国の黒人男性の生活感覚には度肝を抜かれた。すごい書き手。〈2〉がいまだにポレミックでなければならないのは摩訶まか不思議。アフリカでも日本でも、男も女も意識改革が必要。誰もがハッピーでなきゃ。今こそ世界じゅうで奴隷的な労働状況が全般化した時代だと思うが、〈3〉は一六〇〇年前後の日本人の人身売買の実例の解明を通じて、行政の文書記録保存の意義を明かして鮮烈だった。

    読書委員 この一年

     小説「アフリカの愛人」を書きあげて、旅先で校正したのが鮮烈な旅情の記憶。三年ごしでバルガス=リョサの翻訳もやり遂げた。快哉かいさい

    塚谷裕一(植物学者・東京大教授)

    〈1〉ヘレン・スケールズ著『貝と文明』(築地書館、2700円=林裕美子訳)

    〈2〉千葉聡著『歌うカタツムリ』(岩波科学ライブラリー、1600円)

    〈3〉今野寿美著『歌ことば100』(本阿弥書店、2700円)

     〈1〉と〈2〉に共通する点がある。全体の構成が緻密ちみつに計算されていることと、ゆったりとした語り口だ。巻き貝の、つややかならせん構造を思わせる。〈1〉は欧米のサイエンスライティングのレベルを示し、〈2〉は日本人のプロの科学者の筆力を示す。〈3〉は短歌で用いられる百のことばについて、作例をあげつつその来歴をさぐる。単純な古語でもなく、時として方言でもある。いかに短歌の語彙ごいが独特か、改めて不思議の念を抱かずにいられない。

    読書委員 この一年

     委員になって年間読書量が急回復。高校時代は一冊一~二日で読んでいたなと思いつつも、残念ながらそこまではこなせずでした。

    出口治明(ライフネット生命創業者)

    〈1〉クリストファー・クラーク著『夢遊病者たち』 1、2(みすず書房1=4600円、2=5200円=小原淳訳)

    〈2〉ロバート・D・パットナム著『われらの子ども』(創元社、3700円=柴内康文訳)

    〈3〉香取照幸著『教養としての社会保障』(東洋経済新報社、1600円)

     〈1〉は、戦争の世紀(20世紀)の全ての始まりとなった第一次世界大戦が何故なぜ起こったかを克明に記した決定版。指導者の資質がいかに重要か慄然りつぜんとさせられる。〈2〉は、子どもの貧困問題の実相を描いて余すところがない。アメリカの事例だがわが国も決して他人事ではない。子どもは我々の未来なのだ。〈3〉は、トンデモ本が多い社会保障分野久々の本格書。データが豊富で説得力に富み、現状と課題、将来の改革の方向性まで全てが学べる。

    読書委員 この一年

     『人類5000年史I』を上梓じょうし。来年から立命館アジア太平洋大学の学長として改革にチャレンジします。皆様、ありがとうございました。

    長島有里枝(写真家)

    〈1〉酒井順子著『男尊女子』(集英社、1400円)

    〈2〉笙野頼子著『さあ、文学で戦争を止めよう』(講談社、1900円)

    〈3〉ビルギット・ヴァイエ著『マッドジャーマンズ』(花伝社、1800円=山口侑紀訳)

     書評欄で紹介できなかった本を3冊。〈1〉男女同権と男尊女卑。二つの思想の間で葛藤する昭和な女たちがユーモアと自虐を込めて描かれる。〈2〉自身の切実な問題としてTPPや原発、猫と向き合う著者の姿勢には学ぶところが多かった。〈3〉移民の人々から聞き取りをし、彼らの経験を物語化。

     語るすべを持たない人々の経験はしばしば「なかったこと」にされる。それらについて読むことは、旅をすることと同じぐらい大切だ。

    読書委員 この一年

     写真美術館での個展にかかりきりでした。委員会は今年で卒業、全く違う分野で活躍される委員の方々と良い本に出会えて幸せでした。

    2018年01月01日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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