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    【エンタメ小説月評】麻薬戦争 変わらぬ現実

     物語にねじ伏せられる感覚を味わうことがある。

     メキシコでの麻薬犯罪組織と捜査官の約30年にわたる戦いを描いたドン・ウィンズロウ『犬の力』(上下巻、東江あがりえ一紀訳、角川文庫)はその典型だった。続編の存在を知った時には、この叙事詩のような小説にまだ続きがあるのかと驚いた。

     『ザ・カルテル』(上下巻、峯村利哉訳、同)は、『犬の力』が終わった2004年からの10年を描いた。麻薬組織の首領アダン・バレーラを刑務所にぶち込んだ捜査官のケラーだが、巨額の懸賞金をかけられて命を狙われる身となった。一方のアダンは脱獄し、麻薬カルテルをまとめようとする。アダンと戦うため現場復帰したケラーとアダンが互いに抱く憎悪、協調と裏切りを繰り返す麻薬組織、腐敗した軍や警察まで巻き込み、メキシコ各地で麻薬をめぐる壮絶な抗争が続く。

     前作以上に争いは過激になり、生々しく容赦のないストーリーが、ケラーやアダン、新聞記者から組織の少年兵まで様々な視点で進んでいく。その中で、記者たちのうたげや親子の交流など、つかの間の平和が訪れる場面の描写が美しい。平穏な日々と、簡単に人の命が絶たれる状況が紙一重の現実に慄然とする。一方で、麻薬を消費する市場が存在する限り、現実が変わらないことも思い知らされるのだ。

     続いて、ケン・リュウの長編『蒲公英ダンデライオン王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ』(早川書房、古沢嘉通訳)は、SF短編集『紙の動物園』(同)で注目を集めた作家によるファンタジーだ。舞台はダラ諸島という異世界だが、読み進めると、中国・漢王朝を開いた劉邦と、覇を競った項羽の物語がベースだとわかる。司馬遼太郎『項羽と劉邦』などで日本の読者にもおなじみだ。初めて出会う題材でなくても新鮮に読めるのは、飛行船やたこなどの兵器や、争いを見守る神々の視点などの要素を加えて、物語に新たな命を吹き込んだからだ。北方謙三さんの「大水滸伝」シリーズが中国の古典をハードボイルドとしてよみがえらせたように、この長編の展開が楽しみだ。

     日本の小説では、文庫書き下ろしの白河三兎みと十五歳の課外授業』(集英社文庫)を挙げたい。中学3年生の卓郎のクラスに来た教育実習生は、幼い頃に「お姉ちゃん」と呼んでいた薫子だった。薫子の過去と秘密を知り、卓郎の日常はざわつき始める。

     同級生の恋人や薫子、親友に振り回され、さらに姉は家出する。一月余りのドタバタを乗り越え、平凡な男子中学生は少年から青年へと成長していく。伏線を巧みに回収するストーリーにユーモアを絡め、青春のさわやかさ、苦さをにじませるのは、著者の十八番だ。自意識にとらわれている若者に響く物語ではあるが、かつて若者だった大人にも懐かしく読める。

     最後に、伊坂幸太郎『サブマリン』(講談社)を。自由奔放な言動で周囲をかき回す家裁調査官の陣内と、後輩の武藤が登場する『チルドレン』(講談社文庫)の12年ぶりの続編だ。無免許運転での事故で人命を奪った少年の閉ざされた心に、陣内と武藤が少しずつ迫っていく。

     割り切れないテーマに白黒をつけず、洒脱しゃだつな会話を絡めたエンターテインメントとして仕上げる著者のスタンスは変わらない。前作刊行時に書店に走った一読者として、続編刊行を喜びたい。(文化部 川村律文)

     ★5個で満点。☆は1/2点。

     ドン・ウィンズロウ『ザ・カルテル』

     麻薬戦争の過酷さ★★★★★

     物語の熱量★★★★☆

     満足度★★★★☆


     ケン・リュウ『蒲公英王朝記 巻ノ一』

     題材の目新しさ★★★

     ファンタジー度★★★★☆

     満足度★★★★


     白河三兎『十五歳の課外授業』

     青春小説度★★★★

     構成の巧みさ★★★★

     満足度★★★★


     伊坂幸太郎『サブマリン』

     久々の陣内節★★★★

     前向きになれる★★★★

     満足度★★★★

    2016年05月19日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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