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    北斎の娘描いた『眩』刊行…朝井まかてさん

    女絵師の内面 リアルに

    • 今年から来年にかけ、『眩』をはじめ新刊6冊が刊行される。「直木賞以前に頂いたお仕事ばかり。無我夢中で書き続けました」と語る、朝井まかてさん
      今年から来年にかけ、『眩』をはじめ新刊6冊が刊行される。「直木賞以前に頂いたお仕事ばかり。無我夢中で書き続けました」と語る、朝井まかてさん

     直木賞作家・朝井まかてさんが長編小説『くらら』(新潮社)で、葛飾北斎の娘である女浮世絵師、応為おういの謎に満ちた生涯に挑んだ。「光と影、命が見せる、くらくらするほどの息吹を描くのだ」。作品にひたむきに向かう主人公の心境は、作家自身が執筆中に経験した目がくらむほど多忙な日々と無縁ではないようだ。

     北斎(1760~1849)の伝記には、娘のお栄(応為)が晩年まで画業を支えたとある。北斎に「美人画はお栄にかなわない」と言わしめた腕前。酒とたばこを好み、身の回りに構わない性格だったという。

     朝井さんは、その晩年の肉筆画「吉原格子先之図よしわらこうしさきのず」に、たまたま訪れた展覧会で「出会ってしまった」。まばゆい夜の遊郭、提灯ちょうちんのほのかな光に浮かぶ人々の影……。「女絵師として江戸を生きるって、どういうことなんやろう。書きたい、と思いました」

     作品数は少なく制作年代もよくわからない。穴があくほど眺め、線の巧拙、指先や爪先、着物の柄の描き方を見極め、制作順を類推するところから始めた。

     巨星・北斎を助け、精進を重ねる。それは「オリジナリティーという西洋の概念が入ってくる前、職人仕事と芸術工芸が不可分であった最後の時代。純粋に〈腕の苦悩〉だったと思う」。おもいに手が追いつかない焦燥と、新たな表現を生み出す興奮と。創作者にしか語り得ない、内面がリアルだ。

     書いていて「くらくらした」と語るのは、兄弟子・渓斎英泉けいさいえいせんとめくるめく恋に落ちる瞬間。「切羽詰まって明け方まで書き続けていると、2人が思わぬことになっていて」。ライバルであり理解者であり、妻帯者でもある相手だが「親を抱え、恋をし、描き続ける。お栄なら、こうだろうと」。

     口うるさい母、借金まみれのおいにも悩まされる。混沌こんとんとした道のりは、やがて奇跡のような浮世絵「吉原格子先之図」へと一筋に収れんしていく。

     直木賞受賞から2年余、多い月は小説5本の締めきりに追われ、義母の介護も重なった。「でも原稿を落とすわけにいかない。この何年間かが必ず自分を鍛えてくれる、と思わなかったら抜けられなかった」。その作品が順次、刊行される。

     5月刊の『残り者』(双葉社)は江戸城明け渡しの日、大奥に残った女たちの物語。自らの才覚で立身し、あるじに忠節を尽くす彼女らの思いと、無血開城に心を砕いた天璋院、静寛院宮せいかんいんのみや(和宮)の覚悟を描く。7月刊の『落陽』(祥伝社)は明治末、「明治神宮のもり」造営に疑念を感じた新聞記者が主人公だ。

     これらは、歌人・中島歌子の前半生を通じ幕末、水戸で起きた「天狗てんぐ党の乱」の悲劇を描く直木賞受賞作『恋歌れんか』(講談社)につながる作でもある。「維新は、幕藩体制下の日本的ないい部分を崩壊させたが、一方で欧米列強に分割されず日本という国を維持した。明治って何だったのか」

     創作の起点は、いつも「わからへんなぁ」という問いだ。「どれも『ほんまに書き上がるかな、最後まで行き着くんかな』という恐怖が半端じゃない」。そんな内心をみじんも感じさせない、笑顔で語った。(大阪文化部 西田朋子)

     ◇あさい・まかて 1959年大阪府生まれ。広告会社勤務を経て、2008年、小説現代長編新人賞奨励賞を受けデビュー。14年『恋歌』で直木賞、同年『阿蘭陀おらんだ西鶴』で織田作之助賞を受賞。

     ◎お気に入り

     ★ 女子20歳、マイケルといいます。普段、のぞくのを戒めているペット店で、売れ残って赤札がついているのと出会ってしまった。「アメリカンショートヘアとペルシャのミックス」だそうですが、それって雑種でしょ? 『残り者』をはじめ、作品にもよく猫が出てきます。

     ★沖縄みやげのカップ かれこれ25年は愛用中。取っ手が持ちよく、執筆中はコーヒーかお白湯さゆを入れて。私のペンネーム「まかて」は沖縄生まれの亡き祖母の名前。いつか琉球を書く、という初心も思い出させてくれます。

    2016年06月02日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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