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    【文芸月評】民族の葛藤 響く歌声

    在日作品に刻まれた声紋

    • 崔実さん
      崔実さん

     今月発表された群像新人文学賞の受賞作、崔実チェシルさん(30)の「ジニのパズル」は、選考委員5人の満場一致で決まった。辻原登さんは「素晴しい才能がドラゴンのように出現した!」と絶賛している。読み手の心を大きく開くような作品だ。

     米・オレゴン州の田舎の高校を退学しかけている在日韓国人のジニの回想によって物語は始まる。日本の私立小学校を卒業した彼女は1998年4月、東京・十条にある朝鮮学校の中等部に入学した。

     原則として朝鮮語を使う学校で、言葉の苦手なジニがいるときだけ日本語で授業が行われる状況が続く。戸惑いながらも友人ができ、バレー部に入った彼女の日々を、北朝鮮のミサイル発射実験が襲う。少女の中に、教室にある金日成と金正日の肖像画への違和感が耐え難く強まる――。

     在日作家の小説に、過剰な社会性や政治性を読み取りたくはない。だが、本作を学校になじめない中学生の揺れる心情を描く小説とだけ捉えることもできない。ミサイル騒ぎの際、嫌がらせを恐れたジニの学校では生徒がチマ・チョゴリをやめて体操服で登校する。国際関係上の不満を子供に向ける一部の日本人の卑劣さも映し出される。

     金鶴泳『凍える口』や李良枝『由煕ユヒ』をはじめ、若い在日の主人公が矛盾した社会の中で自分とは何かを問う作品は、現代の文学で脈々と書き継がれてきた。彼らを取り巻く環境の厳しさとともに、人間の真の自由は、不条理な社会や政治の核を作る個人の内面の解放によってしか実現しないことをにじませてきた。

     スパイス・ガールズや宇多田ヒカルの音楽が好きな中学生が出てくる崔さんの作品は、かつて書かれた在日の作品と違って軽やかだ。けれど、作家のみずみずしく素直な歌声には、個人と民族、社会の間で揺れた先人たちと似た重い声紋が刻まれている。

     新人賞をめぐり、「早稲田文学」夏号で編集委員の角田光代さんが企画した、文芸誌の主催ではない新人賞の受賞者の特集も興味深い。彼らは受賞後も出版社との関係が作りにくく、発表機会の確保に苦労することが多いという。

     掲載作の中では、九州芸術祭文学賞を受賞した平野宏さん(71)の「川魚左岸亭」の方言の使い方が生きている。R―18文学賞でデビューした田中兆子さん(51)の「六本指のトミー」は、一人の子供の右手が目に浮かぶようだった。

    • 梯久美子さん
      梯久美子さん

     「すばる」でも、演出家の市原佐都子さん(27)が初の小説「虫」を発表している。弁当屋で働く若い女性の話だ。眉毛の太い同僚や鬱陶うっとうしい虫のイメージを書き連ねながら、若者特有の生きているだけで不快な気分を書き取った。

     今月のもう一つの大きな話題は、梯久美子さん(54)が「新潮」2012年11月号から計36回連載した評伝「島尾ミホ伝 『死のとげ』の謎」の完結だ。島尾ミホは戦中、特攻隊の指揮官として奄美・加計呂麻かけろま島に赴任した敏雄と極限下の愛を育み、戦後結婚する。だが、夫の情事により精神を病み、その姿が小説『死の棘』のモデルとなった。

     評伝は、その異様な関係の真実に肉薄した。奄美出身のミホは従来、巫女みこ的な資質を持つ女性とされ、狂気を呪術的なものと浄化して理解されることがあった。

     梯さんはそれらを、日記やメモ類と作品の読み込みによって否定する。ミホが作家としての夫を愛する傍らで、夫の行為にいかに傷ついたか。やがて妻の愛の深さが夫をのみ込んでゆく姿を、著者自身も鬼になって書き切った。

    • 村田沙耶香さん
      村田沙耶香さん

     村田沙耶香さん(36)の「コンビニ人間」(文学界)には、現代性を覚える。大学1年から18年間、同じコンビニ店でアルバイトをする36歳の女性の物語だ。実は彼女は以前から自分の行動が周囲に奇異に映ることを悩み、コンビニではルールに従えば店員らしく振る舞えると安心していた。

     マニュアルがある職場で、人間が型にはめられるとの批判はよく聞く。だが、他人とのコミュニケーションが苦手な人間には逆に、機械的な規則が救いになり得るのだ。軽妙な筆致の中に、突き抜けた人間観がある。(文化部 待田晋哉)

    2016年06月09日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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