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    【文芸月評】戦禍に向き合う意味

    不戦の願いと創作への喚起

    • 夜釣十六さん
      夜釣十六さん

     戦後70年の節目をまたぎ、戦争について改めて考える機会が増えている。6月も、あの戦禍と向き合う新しい女性作家が現れた。「楽園」で太宰治賞に輝いた夜釣よづり十六じゅうろくさん(28)だ。同賞の候補作集(筑摩書房)に収録されている。

     「おまえに引き継いでもらいたいものがある」

     自堕落な生活を九州で送る30歳の圭太は、祖父を名乗る男からはがきを受け取り、かつて炭鉱で栄えた村に向かう。湿ったトンネルを抜け、廃屋が並ぶ集落にいたのは、黄土色のヘルメットをかぶったすすけた顔をした男だった。

     うねうねと波打つ奇妙な植物を育てる男は、花が咲くまで一緒にいてほしいと圭太に言う。昼は2人で肥料となる褐炭を掘り、夜は憲兵の制服に着替えた男が南方の戦場の話を聞かせるようになった。

     戦中の苦難を知った若者が変化してゆく展開は、百田尚樹さんの『永遠の0』に通ずる既視感がある。だが、それ以上に廃村の記述が強烈なイメージを放つ。コンクリートに四角い穴を開けただけの便所。庭先に逆さまにつるされた鳥。炎に輝く金色の花――。

     個人の尊厳が踏みにじられた時代の荒廃が、瞬くように瞳に焼きつく。その像は恐ろしい白日夢となり、戦争の時から区切られていたはずの読み手の胸を侵食するのだ。

     戦場の一兵士をリアルに描く高橋弘希さん(36)の「指の骨」が一昨年の新潮新人賞を受け、東京・吉祥寺で戦闘を起こすような場面がある砂川文次さん(26)の「市街戦」は今年の文学界新人賞を射止めた。6月は、田中慎弥さん(43)が大きな破局の後を思わせる「濁り」に包まれた世界を舞台にした長編「司令官の最期」(すばる)を発表している。

     戦争を知らない世代が、戦争をなぜ書くか。理不尽に人命が失われた災厄を繰り返さない不戦への願いが当然ある。一方で、極限に人間を追い込んだ時代の経験が、現代作家に創作への強烈な喚起力を与えているようにも見える。

    • 辻原登さん
      辻原登さん

     時代は異なるものの、6月に連載を終えた辻原登さん(70)の「籠の鸚鵡おうむ」(新潮昨年9月号~)は、作家が一つの時代を書く姿勢について考えさせる。1984年、和歌山の町役場の出納室長が不思議な手紙を書くスナックのママに入れあげる話から始まる。彼女の背後には、暴力団や関西国際空港の開発に目をつけた不動産業の元夫がいた。

     強欲な男女に囲まれ、室長は公金に手をつける。だが作家は愚かな人々を責めたり、哀れんだりはしない。社会の金回りが良くなる中で、軌道を少しずつ狂わせる彼らの生を流れるように描くことに徹する。バブルに向かう昭和のけいそうが浮かび上がってくる。

     小説がある時代の苦しみや悲しみ、喜びを書くとは、伝えようとすることではない。技量を尽くすうち、自然と伝わってしまうものなのだ。

     文学の世界を豊かにするのは、同時代の作品に伴走したり、知的刺激を与えたりする批評だ。「小説トリッパー」夏号の特集「批評再生塾」が興味深い。昨年から1年間、批評家の東浩紀さんと佐々木敦さんが開いた塾の講師陣の課題と回答などを掲載した。

     受講者の総代に選ばれた吉田雅史さん(40)の「漏出するリアル」は、日本語ラップを論じる。自分の歌うべき内容や表現形式を探る日本人ラッパーの試みを説き、現在の生々しい文学の言葉が彼らの中にあることを感じさせた。

    • 山下澄人さん
      山下澄人さん

     書き盛りの作家の中編も読み応えがある。山下澄人さん(50)の「しんせかい」(新潮)は、俳優や脚本家を養成した倉本聰さんの私塾「富良野塾」で暮らした体験を創作化した。畑にタマネギを植える作業で腰が痛くなり、仲間とぶつかり、授業の先生の言葉は消化できないまま胸に残る。次々と話を飛躍させる従来の作風を抑え、役者である前に人間として成長する19歳の姿を伸びやかに刻んだ。

     青山七恵さん(33)の「ミルキーウェイ」(群像)は、40歳前と覚しき主婦が星を愛する中学生の腹違いの妹と、ふとしたことからドライブに出る。父親の死期を感じながら、2人はぎこちなく距離を縮める。柔らかく心のひだを温められた。(文化部 待田晋哉)

    三島賞が問う「新人」の定義

     「今回のノミネーションには強い疑問があった」。蓮實重彦さん(80)の「伯爵夫人」に24日、三島由紀夫賞が贈られたが、「新潮」7月号に掲載された選評の中で、5人の選考委員のうちの1人、平野啓一郎さんが異例のコメントをしている。

     選評によると、同賞の規定には、「文学の前途をひらく新鋭の作品一篇に授賞する」とあり、平野さんは三島賞を、芥川賞と同じく広義の新人賞と理解しているという。新人は経済的にも社会的にも不安定な場所から出発するものであり、「文壇は彼らを自らの新しさとして広告し、(賞によって)対外的にバックアップするのである」。

     候補作選びも選考も、一種の「権力」であり、主催者や選考委員がそれを何のために、どう使うのか考えることが重要だと訴えた。改めて「新人」の定義が問われそうだ。

    2016年07月07日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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