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    評・納富信留

    花盛り 哲学入門書を読む

    混迷の時代 本質を見極める

    • 〈1〉ナカニシヤ出版、2200円〈2〉河出書房新社、1500円〈3〉日本実業出版社、1400円〈4〉フォレスト出版、1200円〈5〉KADOKAWA、1200円)
      〈1〉ナカニシヤ出版、2200円〈2〉河出書房新社、1500円〈3〉日本実業出版社、1400円〈4〉フォレスト出版、1200円〈5〉KADOKAWA、1200円)

     哲学の入門書が毎月多数刊行され流行となっている。特徴は「哲学」という名前を正面に掲げる本が目立つ点にある。従来の羞恥やためらいは感じられず、むしろそれが売りにされている。一部に過ぎないが、多様な背景の著者が工夫を凝らした最近の出版物を取り上げ、盛り上がりの状況を紹介したい。

     田中さをり著『哲学者に会いにゆこう』は雑誌編集者によるインタビュー企画で、永井均ら哲学者や、哲学を学んで社会で活躍する8名が相手となる。著者は以前、一般の人々が日本の現役哲学者の名前すら知らないという現状に衝撃を受けたという。哲学に関わる人のこだわりや魅力が対話から示され、社会から哲学への橋渡しが図られる。

     哲学を閉鎖領域から開放する試みは、平易な語り口から本格的な哲学問題を扱う三好由紀彦著『哲学のメガネ』にも共通する。日常の何気ない場面には、認識論や存在論のパラドクスなど、古来論じられてきた問題が隠れている。哲学書からの引用を交えながら、それらの問題が一つの大きな流れへと結びつく様が描かれる。

     藤田大雪著『ソクラテスに聞いてみた』は、27歳の会社員サトルが古代からタイムトリップしたらしいソクラテスと議論を交わす対話へんである。友達、恋愛、仕事、お金、結婚という身近で重要な問題が問答を通じて全く異なった相貌を現す。常識を覆すソクラテス哲学が、現代日本を舞台に私たちの日常を揺るがす。

     これらの背景となる西洋哲学の伝統を一通り見たいという向きには、平原卓著『読まずに死ねない哲学名著50冊』がある。古代から現代までの代表的著作が引用と共に簡潔に紹介され、哲学書の世界へと導かれる。

     哲学を使って真剣に問題を考えるという態度を打ち出したのが、畠山創著『大論争!哲学バトル』である。古今東西の哲学者37人をイラスト入りで登場させ、15のテーマごとに複数の異なる立場から論争させる架空の対話劇である。あえて時代や背景を無視し簡略化することで、哲学の問題の争点や普遍性が浮かび上がる。一見乱暴なまとめに見えるかもしれないが、哲学精神を示す一つのチャレンジとなっている。

     この出版ラッシュでは、社会から哲学への期待とエールが強く感じられる。混迷や不透明な時代に、目の前の些事さじにとらわれずに本質を見極める思考が求められているのだろう。専門研究では十分に応えられない人々の生きる現場からの要請に、新たな感性が対応を試みている。

     入門書ではよくソクラテスが登場したり題名に使われたりし、根強い人気が感じられる。だが、そこで多用される「無知の知」という表現に、専門研究では不適切さが指摘されている。それはソクラテスが使っていない、近代日本で流布したミスリーディングな標語だからである。入門書の記述が専門研究と連携し、分かりやすく正しく哲学のエッセンスを紹介するようになれば、日本で哲学という思考が定着し、私たちの生き方が一新するはずだ。

     読者は自分の関心やレベルに合った入門書を選んで気楽に楽しめば良い。どの本も一気に読める平易な叙述だが、その内実に立ち止まり戸惑い、自らじっくり考える必要がある。分かった気になってしまうことこそ、最も哲学に反する態度なのだから。

     では、存分に哲学をお楽しみください。

     ◇たなか・さをり=哲学雑誌『哲楽』編集人。専門は情報科学と学術広報。
     ◇みよし・ゆきひこ=1958年、東京生まれ。哲学者、詩人。
     ◇ふじた・だいせつ=1980年、京都生まれ。京都光華女子大専任講師。
     ◇ひらはら・すぐる=1986年、北海道生まれ。哲学者。本書が初の単著。
     ◇はたけやま・そう=北海道生まれ。代々木ゼミナール倫理、政治・経済講師。

    のうとみ・のぶる
     1965年生まれ。ギリシャ哲学研究者、東京大教授。2007年『ソフィストとは誰か?』でサントリー学芸賞。著書に『プラトンとの哲学』など。
    2016年07月08日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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