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    上半期 心に残った本…小泉今日子さん

    私はどこに帰るのか

     半年ごとに女優で歌手の小泉今日子さんに寄稿してもらっているお薦めの3冊、今年の上半期は――。

     セミが大合唱している猛暑の中、お正月に放送予定のドラマの撮影をしていました。熱中症になりかかりながら、薄いピンクのモヘアのニットにロングスカートという扮装ふんそうでダラダラと汗かきながら炎天下で演技をする。役者というのは時に残酷な仕事だと思う。撮影が全て終わった今は、冷房の効いた部屋の中で本を読む幸せを存分に味わっています。

    • 中央公論新社、1500円
      中央公論新社、1500円

     木内昇『よこまち余話』は、天神様の神社へ続く細長い路地に並んだ長屋で起こるちょっと不思議なお話。物語がどの時代のものなのか特に語られてはいないが、今ではないずっと昔のお話のようだ。見たことのない時代、見たことのない景色、生き生きとした長屋の人々、作者が作り出す豊かな世界は私の頭の中で映画のように動き出す。長屋の住人は、お針子の齣江、口の悪い老婆のトメ、溌剌はつらつとした魚屋の女将おかみさんと、その息子たち浩一と浩三。つつましい暮らしと人情がそこにはある。

     でも、それだけではない。齣江とトメは謎めいていて、ここではないどこか遠くをいつも見つめている。幼い浩三もまた、どこかから語りかけてくる影の言葉をいつも聞いている。この世に生きる人、あの世の人、過去の人、未来の人、時空がゆがんだようなこの長屋ではその全てが同時に存在しているのかもしれない。天神様にお能をに行った時に浩三は思う。〈手に負えないほどの長大な時の中にいるのを肌身で知った。時の中に在ったさまざまな人たちの息遣いを近くに感じる〉

     私も、その長大な時の中に生きている。どんなことが起こっても不思議じゃないくらいの長い時の中では、ひょいとあの路地に迷い込むことだってあるかもしれない。齣江とトメはあの路地にどこから来て、どこに帰っていくのか。30半ばの齣江が針仕事をしながら一人で長屋にいる理由が明かされた時には胸が切なくなった。誰かを思う気持ちというのはどんな時代でも変わらないのだと優しい気持ちになる。連作短編集なので読みやすく、寝苦しい夏の夜に一編ずつ不思議な世界に迷い込んでみては如何いかがでしょう。

    • 講談社、1500円
      講談社、1500円

     彩瀬まる『やがて海へと届く』も、あの世とこの世の時を考えさせられる物語だった。主人公はホテルのラウンジで働く20代の真奈。学生時代からずっと一緒だった親友のすみれが旅行中に被災し、行方不明のまま数年がつ。恋人だった男はすみれと暮らした部屋を引き払って少しずつ彼女を忘れようとしている。不仲だった母親は仏壇をにぎやかに飾って良い思い出だけの娘を抱きしめている。親友の真奈だけは帰って来ないすみれを死んだものとしてしまうことに怒りのような感情を抱いている。そして、すみれはあの日から暗闇の世界を彷徨さまよいながらどこかに行きつくために歩き続けている。

     当たり前に存在していたものを突然奪われてしまった2人がきちんとサヨナラを言えるまでの時間は真実味があって胸が苦しくなった。忘れること、忘れないこと。生きること、死ぬこと。2人の思いは交差しながら同じ海へ向かう。人は皆、生まれた時から海に向かって歩き始めているのかもしれないと思った。

    • 集英社、1500円
      集英社、1500円

     桜木紫乃『裸の華』は、怪我けがをして踊れなくなった40代のストリッパーのノリカが、心機一転裏方としてダンスを観せるバーを札幌・すすきのに開店させるところから始まる。年若いダンサー、瑞穂とみのり、伝説のバーテンダー、JINと出会い、店をオープンさせ、地元のテレビ番組でも取り上げられ店は軌道に乗って行く。若い頃から他には一切目もくれずステージで踊り続けて来た自分が手に入れたもの、入れなかったものを若いダンサーたちとの関わりの中で意識させられるノリカ。やがて普通の幸せな生活を選ぶ瑞穂。死ぬまで踊りたいと言うみのりはもっと広い世界に羽ばたいてゆく。

     全てを受け入れ自分の立つべき場所へ戻ってゆくノリカに拍手を送りたくなった。年老いた師匠が1人で踊るストリップ小屋で彼女が受け取った指輪は、拍手や喝采を浴びて生きてきた者にしか見えないリレーのバトンのようなものなのかもしれないと思った。

     今回は、帰る場所がテーマの3冊だったかもしれない。さて、私はどこから来て、どこに帰るのだろうか。それが見つかるまではまだまだ一人前とは言えないと考えさせられる3冊だった。

    2016年08月22日 05時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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