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    読書委員が選ぶ「2016年の3冊」<上>

     「よみうり堂」ではこの1年、読書委員が執筆する本評だけで約400冊もの書評を掲載してきました。寝食の時間を惜しみ、良書や心ときめく本を追い求めてきた21人の委員が年の最後に、豊かな学識と鋭い選択眼で選んだ「2016年の3冊」を披露します。(価格は税抜き)

    青山七恵(作家)

    〈1〉トーン・テレヘン著『ハリネズミの願い』(新潮社、1300円=長山さき訳)

    〈2〉ケイトリン・ドーティ著『煙が目にしみる』(国書刊行会、2400円=池田真紀子訳)

    〈3〉スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著『セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人びと』(岩波書店、2700円=松本妙子訳)

     〈1〉ケンカした友人に謝罪代わりにプレゼントしたら、ぶじ仲直りできました。〈2〉元火葬技師の著者がつづる現代の葬儀事情とその舞台裏。「あなたと、いつかかならず訪れる死との関係は、あなただけのものだ」。この言葉が忘れがたい。〈3〉旧ソビエト連邦時代を生きた人々へのインタビュー集。雑音だらけのせわしない世の中、一処に腰を据え耳を澄ましていることには辛抱がいる。でもそうすることでしか聴こえない声が確かにある。

    ◆読書委員 この一年

     日々読書にいそしみつつ……一冊絵本を作りました。イタリア在住の刀根里衣さんとの共著、『わたし、お月さま』(NHK出版)です。

    朝井リョウ(作家)

    〈1〉森絵都著『みかづき』(集英社、1850円)

    〈2〉海猫沢めろん著『明日、機械がヒトになる』(講談社現代新書、840円)

    〈3〉サイモン・シン著『数学者たちの楽園』(新潮社、2400円=青木薫訳)

     様々な事情により書評を書けなかった本を挙げます。〈1〉日本の塾業界を舞台に三世代にわたり奮闘した一家の物語。内容は勿論もちろん、既に代表作を多く持つ著者が傑作を生み続ける姿勢に感動。私的本屋大賞です!〈2〉小説家である著者がヒトと機械の境界を探るべく日本屈指の科学者に話を聞く。目からうろこの連続、AIへの興味が倍増。〈3〉青山七恵さんの書評を読み、購入。脚本を書く数学者たちの粋なエピソードに悶絶もんぜつ。映画になりそう。

    ◆読書委員 この一年

     四月から読書委員になり、自ら手を伸ばさなかったような本、そして普段はお話できないような方々と出会えた幸せな一年でした。

    安藤宏(国文学者・東京大教授)

    〈1〉田嶋一著『〈少年〉と〈青年〉の近代日本 人間形成と教育の社会史』(東京大学出版会、8800円)

    〈2〉梅森直之著『初期社会主義の地形学 大杉栄とその時代』(有志舎、5400円)

    〈3〉大島隆之著『特攻 なぜ拡大したのか』(幻冬舎、1600円)

     〈1〉〈少年〉も〈青年〉も実は近代にできた概念だ。その背景を探ることによって、あらためて〈修養〉という、この時代を支配した信仰を理解することができる。〈2〉大杉栄を初めとする明治大正期の初期社会主義の再評価が進んでいる。この書は言語からのアプローチが特に興味深かった。〈3〉第二次大戦と昭和の回顧も、なお続く大きな潮流だ。この書は現在もなおわれわれに巣くう集団心理を剔抉てっけつしてあますところがない。

    ◆読書委員 この一年

     原点回帰の一年。開店休業状態だった太宰治の研究を再開。出生から調べ直し、ようやく太宰治が大学生に……。

    稲泉連(ノンフィクションライター)

    〈1〉中村計著『勝ち過ぎた監督』(集英社、1700円)

    〈2〉石井妙子著『原節子の真実』(新潮社、1600円)

    〈3〉塩田武士著『罪の声』(講談社、1650円)

     〈1〉は駒大苫小牧の香田誉士史監督を追ったノンフィクション。甲子園の名将が勝利と引き換えに様々なものを失っていく姿に胸をかれる。大女優の評伝である〈2〉では、全てを見んとするような取材の深さに圧倒された。〈3〉は「グリコ・森永事件」に材をとった小説。事件を再現しながらの巧みなストーリーに引き込まれ、気づけば夜が明けていた一冊。いずれも書き手の対象への執念が、作品として結実したときの迫力を感じた。

    ◆読書委員 この一年

     三月に『豊田章男が愛したテストドライバー』を刊行。本を読むこと、本について話すことの喜びをあらためて感じた一年でした。

    岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

    〈1〉萬年甫著『滞欧日記 1955~1957』(中山書店、5000円)

    〈2〉瀬名秀明著『この青い空で君をつつもう』(双葉社、1500円)

    〈3〉大崎茂芳著『クモの糸でバイオリン』(岩波書店、1200円)

     〈1〉『動物の脳採集記』(中公新書)でキリンの首を山手線で運ぶ話を描いた神経解剖学者の留学記。研究と並行して、ルービンシュタインのピアノを聴き、ブールデルの彫刻に触れ、中世の街を歩く。研究者が情報技術に追い立てられることのなかった時代の精神的豊かさが羨ましい。〈2〉亡き者が未来に託す手紙。デジタル情報の伝達に折り紙を使うという着想の斬新さと青春の香り。〈3〉科学と芸術の突拍子もない融合のあり方に驚く。

    ◆読書委員 この一年

     意識と脳と情報技術について考えてきた。人間であるために生物として滅ぶべきか、ヒトデナシになって生き延びるべきか。わからん。

    清水克行(日本史学者・明治大教授)

    〈1〉榎原雅治著『シリーズ日本中世史〈3〉 室町幕府と地方の社会』(岩波新書、840円)

    〈2〉丸島和洋著『真田信繁の書状を読む』(星海社新書、900円)

    〈3〉池澤夏樹編『日本文学全集 10』(河出書房新社、3500円)

     〈1〉室町時代史の新たなスタンダードの登場を祝いたい。日本史の「曲がり角」としての時代像が、広い視野から平易に描かれている。〈2〉一年間楽しませてもらった大河ドラマの関連本から。古文書学の入門書としても優れているうえ、本書が契機となって信繁書状が再発見された意義は大きい。〈3〉タイトルは知ってても読んだことはない。そんな古典文学を、現代作家の巧緻な訳で読む幸せを堪能できる。古典の現代性を再認識させられた。

    ◆読書委員 この一年

     読書感想文苦手だった少年がなぜか今は読書委員。『kotoba』誌では高野秀行さんと「世界の名著」を語る誌上読書会まで連載中……。

    高野ムツオ(俳人)

    〈1〉奥村彪生あやお著『日本料理とは何か』(農文協、5000円)

    〈2〉野本寛一著『季節の民俗誌』(玉川大学出版部、4800円)

    〈3〉池澤夏樹編『日本文学全集 30 日本語のために』(河出書房新社、2600円)

     〈1〉和食のルーツ、特徴など時空を踏まえ解説し、その真髄しんずいを伝える。食を通じて日本文化とは何かという命題に迫る。〈2〉季節や季節感が日本人の暮らしにいかに密着しているか。各地の生活や歴史を調査した豊富な体験を基に教える。人が継承すべきは何かについて、貴重な示唆を与える。〈3〉池澤夏樹個人編集『日本文学全集』の第30巻。日本語とは何か、その全容が俯瞰ふかんできる。三冊とも日本の未来を語るに欠かすことができない。

    ◆読書委員 この一年

     収穫は第六句集『片翅』の刊行に何とか漕ぎ着くことができたこと。悔恨は師の『佐藤鬼房集成』が未刊のまま年を終えることである。

    旦敬介(作家・翻訳家・明治大教授)

    〈1〉マーカス・レディカー著『奴隷船の歴史』(みすず書房、6800円=上野直子訳)

    〈2〉ハンス・ユルゲン・クリスマンスキ著『マルクス最後の旅』(太田出版、2400円=猪股和夫訳)

    〈3〉越川芳明著『あっけらかんの国キューバ』(猿江商會、1800円)

     書評できなかった本3冊。自転車通勤を電車に切りかえて往復二時間の読書時間を捻出したが、それでも読み切れずに期限切れになった本の代表が〈1〉。英米の奴隷船のケースが中心だから僕の関心があるブラジルからはズレてくるのだが、学者の執念を感じる。〈2〉は伝記と小説の中間地帯を行く不思議な本。こういうのを書いてみたくなる。激動のキューバに、〈3〉はアフロ・キューバ文化という新しいアングルから接近した。

    ◆読書委員 この一年

     二年前に読売文学賞を受賞した自著『旅立つ理由』が翻訳されて中国で出たのが今年のニュース。自分の翻訳仕事は遅れ気味。来年こそ。

    月本昭男(旧約聖書学者・上智大特任教授)

    〈1〉J・F・ハウズ著『近代日本の預言者 内村鑑三、1861―1930年』(教文館、5000円=堤稔子訳)

    〈2〉柳父圀近著『日本的プロテスタンティズムの政治思想』(新教出版社、3800円)

    〈3〉柴田真希都著『明治知識人としての内村鑑三』(みすず書房、7500円)

     この一年に刊行された内村鑑三研究のなかから三冊を選ぶ。〈1〉は内村研究を畢生ひっせいの課題とした著者の集大成。日本近代を海外から見つめてきた著者ならではの洞察が随所に光る。〈2〉はウェーバー研究者による内村の政治思想の分析。内村の流れをむ南原繁、矢内原忠雄らの政治思想を含む。〈3〉は、現世を超える神を信じたがゆえに、権力に加担せず、現実を鋭く批判しえた内村の思想の構造をつかみ出す。若き思想史家の魂の籠る力作。

    ◆読書委員 この一年

    楔型くさびがた文字資料と旧約聖書に取り組む1年。そのなかで、4500年も前に生まれた、社会的弱者保護の伝統を聖書が引き継ぐと知らされる。

    出口治明(ライフネット生命会長)

    〈1〉ウンベルト・エーコ著『プラハの墓地』(東京創元社、3500円=橋本勝雄訳)

    〈2〉チャールズ・C・マン著『1493』(紀伊国屋書店、3600円=布施由紀子訳)

    〈3〉萩原美佐枝著『ケルズの書』(求龍堂、6000円)

     〈1〉は、トランプ現象にも垣間見られた「他者への憎しみと不寛容」という現代社会の病巣を産み出すメカニズムをえぐった最高の傑作。〈2〉は、コロンブス交換(大陸間の交易)のすさまじいまでの影響を描き切って余すところがない。歴史を動かす原動力の1つが交易であることがよく分かる。〈3〉は、何事かに打ち込むということがどういうことかを教えてくれる渾身こんしんの書。美術に興味のある人はもちろん、すべての研究者に読んで欲しい。

    ◆読書委員 この一年

     人類5000年の通史『「全世界史」講義1、2』(新潮社)を上梓(じょうし)。Brexitやトランプ現象など考えさせられる事が多かった。

    長島有里枝(写真家)

    〈1〉植本一子著『かなわない』(タバブックス、1700円)

    〈2〉バルザック著『三十女 バルザック愛の葛藤・夢魔小説選集』(水声社、3000円=芳川泰久、佐野栄一訳)

    〈3〉ノヴァイオレット・ブラワヨ著『あたらしい名前』(早川書房、2200円=谷崎由依訳)

     女性として生きることについての三冊。衝撃的だったのは〈1〉。家族や母親を、そこにあってしかるべきものと思えるのは、それらが機能しているからだと痛感させられた。〈2〉は、十九世紀の女性の人生を描いた長編小説。愛のない結婚、許されない恋、埋もれた人生。バルザックはなぜ、女性の痛みにかくも詳しかったのだろう? 〈3〉は、少女の目が捉えた、先進国が生み出したアフリカとは違うアフリカの人たちの、悲しく美しい物語。

    ◆読書委員 この一年

     二人の「母」と古着を用いた作品を制作し、東京と神戸で展示。読書委員会で本と人から多くの刺激を得ました。

    2016年12月28日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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