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    【文芸月評】近未来 緻密な想像力で

    加速する科学技術と非合理さ

    • 島田雅彦さん
      島田雅彦さん

     2036年の東京。新薬の治験モニターのアルバイトのため長く眠っていた青年が目を覚ますと、街は酢のような刺激臭が充満し、誰もいなかった――。今月連載を終えた島田雅彦さん(55)の「黎明れいめい期の母」(新潮2月号~)は、衝撃的な近未来小説だ。

     太陽の大量のプラズマ放出により、電力関連の施設が故障し、原子力発電所が危機を迎える。致死性のウイルスも蔓延まんえんする。実家に残された両親の書き置きで事情を知った青年は、サバイブを始めた。

     真の破局が地上に訪れたとき何が起こるのか。この小説は、知性派として知られる作家が、科学文明の進む21世紀に対して突きつけた挑戦状だ。暴走する人工知能、生存する人間の選別。近未来社会の弱点に緻密な想像力で迫る。

     同時に、「昔の恋人と約束したのよ(略)危機に見舞われたら、代々木公園で落ち合って、お互いに助け合おうって」と、避難中にぬけぬけと話す中年女性。自給自足のグループを作り、「竹炭の火で焼いたタマネギは甘くて最高だ」などと語る元気な老人。極限下でも普段の延長上のように過ごす人間を緩く描き出す。

     小説の画面には、最先端のCGを駆使した映像に、素人劇団員を配置したようなちぐはぐさが生まれる。これこそが加速度的に発展する科学技術と、非合理さを抱えたままの人間の精神との軋轢あつれきが極大化した世界の空気感だ。島田さんは、近未来の気分を書くことに成功している。

    • 長嶋有さん
      長嶋有さん

     映画の世界で今年、1000年に1度の彗星すいせいが近づく日本を舞台にした新海誠さんの「君の名は。」や庵野秀明総監督の「シン・ゴジラ」がヒットしたように、様々な分野で近未来や破局後の世界を連想させる作品が多く生まれた。東日本大震災から5年が過ぎた。あの災害を心の奧底で受け止め、浮かび上がった現代社会への疑問や恐怖感などが、創作者たちを先の世界を予見する物語に向かわせている。

     長嶋有さん(44)の「もう生まれたくない」(群像)も、震災後の世界に対する問題意識を感じた。2011年7月から始まり、14年まで各年の人々の風景を描く。震災直後、大学の職員や清掃員、学生など危機によって人々の間に生じた淡い連帯感のようなものが、時間を追うにつれて薄れ、様々な出来事の中で変質する姿をにじませる。

     作中には、登場人物の関係者だけではなく、高速道路で事故死した芸能人やSTAP細胞問題をめぐって自殺した医学者など、この間に死去した著名人の記述が挟まれる。震災後、命の掛け替えのなさをあれほど感じたのに今、他人の死を粗雑に扱っていないだろうかなどと、思わず立ち止まらされてしまうのだ。

    • 上田岳弘さん
      上田岳弘さん

     若手の作品は、心に大きな波動をたててきた。上田岳弘さん(37)の「塔と重力」(新潮)は、高校時代に阪神大震災に遭遇した男の話だ。勉強合宿と称して宿泊したホテルが倒壊し、生き埋めとなり、淡い思慕を抱いていた女性を後に亡くした彼の約20年後を描く。

     つらい記憶のため、現実と自分との間に薄い膜のようなもので隔てられた感触を男は抱え、似たようなタイプの友人や恋人を引き寄せる。この膜が破れる瞬間を書くことで、作者自身も温かく、広々とした場所に導かれたようだ。

     2月に芥川賞を受賞した滝口悠生さん(34)の作品はなぜいつも、胸を内側からかきむしりたくなるようなせつなさを催すのだろう。短編「街々、女たち」(同)は、離婚して一人で暮らす男のアパートに、見知らぬ若い女性が成り行きで泊まる話だ。深く交わらないからこそ、美しく残る夜の鈍い輝きがあった。

     松田青子さん(37)の『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社)は、生きづらさを抱えた現代の女性たちのもとにものが訪れる小品などを収めたキュートな短編集。同著は、昨年創刊された小さな文芸誌「アンデル」などから生まれた。また、写真家の篠山紀信さんを客員編集に迎え、言葉と写真で美とエロスを探求する特集を組んだ「早稲田文学」冬号など、中小の文芸誌も活気づいている。(文化部 待田晋哉)

    2017年01月05日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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