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    土方歳三、アメリカ西部を駆ける

    逢坂剛さん、『果てしなき追跡』を語る

    • 「私にとって土方歳三のイメージは、栗塚旭が演じる凛々しい土方です」と語る逢坂剛さん
      「私にとって土方歳三のイメージは、栗塚旭が演じる凛々しい土方です」と語る逢坂剛さん

     1869年、箱館戦争で元新選組副長・土方歳三は新政府軍の銃弾に(たお)れた……。はずであった。しかし、頭部に被弾し重体に陥った土方は、ある理由からアメリカの商船に乗せられ、開拓時代の西部にたどり着く。読売新聞の会員制ニュースサイト「読売プレミアム」オリジナル小説として2015年8月から昨年10月まで連載された『果てしなき追跡』が中央公論新社から出版された(1900円・税別)。作家・逢坂剛さんに作品に込めた思いなどを聞いた。

    「小説の世界なら、土方が生きていておかしくない」

     土方を扱った小説は数多い。幕末維新史を彩る幾多の英傑の中でも、屈指の人気者だけに、当然だろう。歴史小説、時代小説にとどまらず、死後、魂となって火星で戦うというSF仕立てのものまである。

     『果てしなき追跡』の土方は、一命を取りとめたかわりに、自分が何者であったのか、記憶を喪失してしまった。土方と同郷の郷士・時枝新一郎の妹で、土方を思慕する時枝ゆら、彼らを執念で追い続ける保安官のティルマン。日本人とアメリカ人が入り乱れての一大追跡劇が、開拓時代の西部で繰り広げられるのである。

     「土方が箱館一本木関門で撃たれて死んだのは、目撃者がいる。けれども、遺骸をどこへ運び、どこへ埋葬したか、記録が残ってない。五稜郭の中のどこかだろうとはいわれている。死んだのは確かかもしれないけど、死体がないとなれば、小説の世界でなら、生きていたっておかしくない、と前々から考えていたのです」

    • 中央公論新社刊『果てしなき追跡』。読売新聞の会員制ニュースサイト「読売プレミアム」オリジナル小説として2015年8月から昨年10月まで連載されたものを加筆・修正した。
      中央公論新社刊『果てしなき追跡』。読売新聞の会員制ニュースサイト「読売プレミアム」オリジナル小説として2015年8月から昨年10月まで連載されたものを加筆・修正した。

     逢坂さんにとっての土方歳三のイメージは、俳優の栗塚旭である。小説を書く際に念頭にある姿は、凛々(りり)しい栗塚の土方である。

     司馬遼太郎が新選組を題材に書いた連作短編集に「新選組血風録(しんせんぐみけっぷうろく)」がある。1965年にテレビドラマ化され、土方を栗塚旭が演じた。やはり司馬遼太郎が土方歳三の生涯を描いた長編歴史小説「燃えよ剣」もテレビドラマ化され、こちらも栗塚が土方を演じた。

     「司馬さんの原作を読む以前にテレビで見て、沖田総司は島田順司、土方歳三は栗塚旭、というのが私の中で、完全に一致しちゃいました。ビデオのない時代だから、番組の放送日はマージャンも酒も断って、うちに帰って見ました。結束信二という脚本家が、司馬さんの作品の土方の持ち味をよく()み取って脚本を書き、映像化されたドラマです。だから、あれこそが司馬さんの土方像だと思うんです。そのキャラクター像によく応えて栗塚旭が演じた。以来ずっと私は、土方歳三が、というより栗塚旭の土方がたまらなく好きなんです」

    実は土方歳三が登場していた2作品

    • 『アリゾナ無宿』(中公文庫・740円+税)
      『アリゾナ無宿』(中公文庫・740円+税)

     逢坂さんが土方歳三を描いたのは、実は初めてではない。

     『アリゾナ無宿』と、その続編である『逆襲の地平線』(現在、ともに中公文庫)の2作品。ただし、そこに登場するサムライは、小説の中では「サグワロ」(西部劇によく出てくる枝が長く伸びた巨大なサボテン)と名乗る。日本の「ハコダテ」から渡ってきた記憶喪失の剣の達人で、さらに驚くべき必殺技も繰り出す。しかし、このサムライの正体が土方だ、という話はどこにも出てこない。逢坂さんも、10年以上にわたって、「あれはだれなんだ」と聞かれても一度も本当はだれなのかを明かさなかった。

     舞台は1作目が1875年のアリゾナ、2作目がその少し後のアメリカ中西部各地である。『果てしなき追跡』の数年後だが、3作品とも開拓期の西部を描き、ジャンルとしては映画でいう西部劇、「西部小説」と呼ばれるものである。

     「2000年に『アリゾナ無宿』を雑誌で連載を始める時から、サグワロは土方歳三、と決めて書いてました。それがただ、正体を現さないうちにシリーズが中断して、この間、十数年あいたわけです」

     逢坂さんといえば、西部劇好きとしても大変有名である。「作家になってから、いつかは西部小説を書いてみたいと思っていた」というだけに、サムライが西部を行くという発想の小説を手掛けるのは、逢坂さんならいかにもありそうだが、意外にも西部小説を出版したのは、まだこの3作だけだ。

     「西部小説ってのは、当たらないんですよ。アメリカの西部小説も翻訳されない。ミステリーはどんどん翻訳されますけど。とにかく読まれない。1950年代から60年代初めのハリウッド西部劇全盛期ですら、映画は人気があっても、小説はだめ。翻訳されても子供向けのものだったり、翻案だったり。しかも、女性は西部劇というだけで、映画館に近づかない。女が活躍する作品はほとんどなかったこともあって、拒否反応を起こされる」

    編集者も尻込みする西部小説

     「アリゾナを見て死ね!」(『小説家・逢坂剛』所収)という題の逢坂さんのエッセーに、面白い記述がある。

     ――「西部小説を書きたい」というと編集者はみな尻込みして話を変える。しまいには、忙しい時の小説の依頼には、「西部小説なら書く」といって断る口実にした……。

     いくら不人気ジャンルでも、ここまでとはすごい。

     「いろんな理由があるだろうと思うんですけどね。要するに話が単純すぎ、ワンパターンになっていた。中には立派な小説もあるんだけど、アメリカでもあんまり高い地位は与えられていなかった。しかも、日本では大多数の人が西部のことなんかよく知らないわけです。西部劇の題材となったビリー・ザ・キッドや、ジェシー・ジェイムズの名前を知っていればいい方です。中国の小説だと読まれる。江戸時代までずっと中国に教わってきた歴史が長い。ところがアメリカは、たかだか明治維新以降ですから」

     また、日本では、西部劇はかなり古い時代の話、と誤解されているふしがある。日本でいえば、江戸後期(一般的に19世紀の黒船来航以前まで)ぐらいを想像する人が多いのではないか。

     古い時代や、もっと新しい時代を描いたものもあるとはいえ、西部劇が中心に取り扱うのは西部開拓時代。南北戦争(1861~65年)から1890年のフロンティア消滅までで、意外と短い期間である。日本史でいえば、幕末・維新の動乱から、わが国最後のシビルウォーであるところの西南戦争、自由民権運動を経て、帝国議会召集(1890年)に至るまで。どちらも、動乱と時代の激変とが絡み合う若い時代である。

    綿密な考証による圧倒的なディテール

    • 「アメリカ人が読んでもおかしくない西部小説になったと思う」
      「アメリカ人が読んでもおかしくない西部小説になったと思う」

     『果てしなき追跡』の主な舞台は、ネバダ州。現在の州都のカーソンシティーだけでなく、モンテズマ、ビーティー、アシュなど、さまざまな町が登場し、メインストリートの長さやホテル、サルーンの数などが具体的に描写され、町の規模の違いが目に浮かぶようである。また、銃器の型式、使用方法なども極めて詳細である。

     渡米しての取材旅行は、トータルで1週間。風土、空気の乾き方、日の照りつけ具合を体験するのが目的だった。

     時代考証には大変苦労した。比較的新しい時代だが、西部は混乱していたから、きちんとした資料が残っていなかったりする。形のあるもの、拳銃の型式などは文献を調べれば、ある程度わかるが、当時の人が日常生活の中で、当たり前だと思っていたことは記録されにくい。

     「西部劇でひらひらのドレスを見ても、では何て呼んでいたのか、となると難しい。ウイスキーの値段はいくらだったとか。『OK牧場の決闘』の映画を何度も見ていたら、床屋でバート・ランカスターとカーク・ダグラスが話しているシーンの背景に、床屋の値段表がかかっていたのに気がついた。ビデオ止めてね、メモした覚えがありますよ」

     日本人が西部小説を書くのは大変難しいが、この点では大いに自信がある。

     「大概のアメリカの西部小説より面白く書けていると思いますよ。時代考証もかなり正確にやっていると思いますしね。昔から調べるのが好きでね。アメリカ人が読んでおかしいところはないでしょう。アメリカ人が日本の時代小説を書いたり、映画を作ったりするとなんかおかしいでしょ。洋服着て、ちょんまげとか。細部をリアルに書けば、全体の壮大なウソが本当のようにみえる。SFみたいに壮大なウソをつくには、細かいところを(おろそ)かにすると、ウソ話ってわかっちゃう。アメリカはやっぱりすごいですよ。「アンドロメダ病原体」(1969年、マイケル・クライトン著のSF小説)とかすごいですからね」

    狙いは西部開拓史のクロニクル

     シリーズのもともとの目的は、全部読むことでアメリカ西部の動きがだいたいわかる、というものを目指すことだ。

     『逆襲の地平線』では、リトルビッグホーンの戦いでのカスター中佐の第七騎兵隊全滅(1876年6月)を書いた。

     それより後の時代だと、OK牧場の決闘(81年10月)があったり、ビリー・ザ・キッドが殺されたり(81年7月)、ジェシー・ジェイムズが手下に撃ち殺されたり(82年4月)とさまざまな事件が起きる。

     「有名な事件を登場人物に絡ませて書き、一種のクロニクルを作るのが、大きな狙いです」

     今回刊行された『果てしなき追跡』は、第1部。第2部となる続編は、月間総合雑誌「中央公論」でこの夏、連載が始まる予定だ。

     『果てしなき追跡』の終盤に登場した「高脇正作」という人物がどうなるのか。時枝ゆらはどうなるのか。広大なアメリカの大地で、日本人同士の問題が発生していくのか。『アリゾナ無宿』までの5年間が描かれていく。(聞き手・編集部 浅見恭弘 写真・同 高梨義之)

    プロフィル
    おうさか・ごう
     1943年、東京都生まれ。博報堂勤務時代の80年に『暗殺者グラナダに死す』で第19回オール読物推理小説新人賞を受賞し作家デビュー。87年、『カディスの赤い星』で第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2013年に第17回日本ミステリー文学大賞を受賞。15年、『平蔵狩り』で第49回吉川英治文学賞。

    2017年02月03日 14時41分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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