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    吾輩は孫である ~夏目房之介さんと漱石~

     昨年は没後100年、今年2月9日には生誕150年を迎えた国民的作家、夏目漱石(1867~1916)。節目の年に子孫は何を思うのか。漱石の孫でマンガ評論家・学習院大教授の夏目房之介さん(66)に話を聞いた。(地方部 池田創)

    漱石アンドロイドの声を担当

    • 漱石の生涯を学生らに説明する漱石アンドロイド(二松学舎大で)
      漱石の生涯を学生らに説明する漱石アンドロイド(二松学舎大で)

     「皆さんご無沙汰ですね、ほぼ100年ぶり、といったところでしょうか」――。1月27日に二松学舎大学で開かれたイベント。集まった学生ら約50人を前に、同大などが開発した「漱石アンドロイド」がはっきりとした口調で語りかけた。参加した女子学生は「漱石がより身近になった気がする」と文豪に思いをはせた。

     声を担当したのは、孫の夏目房之介さん。アンドロイドは同大が創立140周年事業の一環として、大阪大と共同で開発した。骨格は、残されたデスマスクを3Dスキャンするなどして再現したが、実際の声を録音した「(ろう)(かん)」(昔のレコード)が復元不可能だったため、体格の似ている房之介さんに収録を依頼し、合成した。

     録音は計10時間以上に及んだという。「祖父の姿のアンドロイドから自分の声が聞こえるというのは、妙な気持ちですね」と苦笑する。

    • 夏目漱石(二松学舎大提供)
      夏目漱石(二松学舎大提供)
    • 3Dスキャンされる漱石のデスマスク(二松学舎大提供)
      3Dスキャンされる漱石のデスマスク(二松学舎大提供)

    「文豪の孫」という重圧

    • 夏目房之介さん
      夏目房之介さん
    • 国民的作家の漱石だが、作家生活はわずか10年ほどだった(1914年、神奈川近代文学館提供)
      国民的作家の漱石だが、作家生活はわずか10年ほどだった(1914年、神奈川近代文学館提供)

     房之介さんの父・純一さんは漱石の長男。漱石は純一さんが9歳の時に亡くなった。房之介さんにとって漱石は、会ったこともない歴史上の存在。「祖父という感覚はなかった」

     しかし、幼い頃から「文豪の孫」と言われ、相当なプレッシャーを感じて育ったという。

     房之介さんは、大学卒業後、出版社に就職したが数年で倒産したため、27歳の頃からフリーライターとなった。その後は「夏目房之介の漫画学」「手塚治虫はどこにいる」などマンガ評論の分野で著書を出版、テレビ出演なども増えた。

     一方で、漱石の孫として取材を受けながら、祖父のことを何も知らないことにもどかしさを感じていたという。

    英国で迎えた転機

     転機は、2002年にロンドンで行われた国際交流基金のマンガ展だった。展示の監修やシンポジウムへの参加を依頼され、約10日間ロンドンに滞在。漱石が一時期を過ごした下宿を訪れる機会を得た。

     漱石は33歳の時に、国費でロンドンに留学。2年あまり英文学の研究に打ち込んだ。神経衰弱に苦しみ、後に「(ロン)(ドン)に住み暮らしたる二年はも不愉快の二年なり」と自ら記しているように不遇の時代だったとされるが、一方で文学とは何かという壮大なテーマに挑んだ「文学論」の構想を練っていたことが知られている。

    • 「マンガと『戦争』」を出版した頃の房之介さん(1998年1月)
      「マンガと『戦争』」を出版した頃の房之介さん(1998年1月)
    • 漱石が滞在したイギリスの下宿を訪れた房之介さん(2002年、著書より)
      漱石が滞在したイギリスの下宿を訪れた房之介さん(2002年、著書より)

    初めてわいた肉親の情

    • イギリスでの漱石との出会いを振り返る房之介さん
      イギリスでの漱石との出会いを振り返る房之介さん

     房之介さんは暖炉のある10畳ほどの小さな部屋を訪れると、不思議な感動を覚えた。ロンドンでの漱石は暗くよどんだ空の下で、頭を押さえつけられるようにして暮らしていたというイメージがあったが、山のように本を積んで「文学論」を打ち立てようと奮闘していた祖父の姿が目に浮かんだからだ。

     「祖父ではなく『漱石』という遠い存在だったが、突如として肉親としての感情がわき上がってきた、というのかな」と、房之介さんは当時を懐かしむ。

     帰国後は、「漱石の孫」「孫が読む漱石」などを相次いで出版、これまで以上に祖父と向き合う時間が増えたという。

    いまなお読者の共感

    • 漱石の没後、書斎に集まって師をしのぶ弟子たち(1917年、神奈川近代文学館提供)
      漱石の没後、書斎に集まって師をしのぶ弟子たち(1917年、神奈川近代文学館提供)

     近年はアンドロイドの開発やドラマ化など、様々な表現で作家・漱石へのアプローチが進むが、その小説の登場人物は常に人間関係に悩み、苦しみ、今でも多くの読者の共感を得ている。

     没後100年を迎えた昨年、神奈川近代文学館(横浜市)が「夏目漱石デジタル文学館」をウェブ上でスタートして遺品の画像を公開したり、岩波書店が「定本 漱石全集」を出版したりするなど、新しい世代の読者も増え続けている。

    • 昨年刊行が始まった全集の表紙の裏には本人のスケッチやメモをデザイン。漱石は読んだ海外小説の三角関係を図式化していたという
      昨年刊行が始まった全集の表紙の裏には本人のスケッチやメモをデザイン。漱石は読んだ海外小説の三角関係を図式化していたという
    • ウェブ上で閲覧できる「文学論」の原稿。赤インクでおびただしい修正がなされている(神奈川近代文学館提供)
      ウェブ上で閲覧できる「文学論」の原稿。赤インクでおびただしい修正がなされている(神奈川近代文学館提供)

    「漱石は日本人の共有財産」

    • 多くのファンが手を合わせる雑司ヶ谷霊園(東京・豊島区)の漱石の墓
      多くのファンが手を合わせる雑司ヶ谷霊園(東京・豊島区)の漱石の墓

     「漱石は日本人の中にあり続けるひとつのブランドであり、共有財産なのではないか。時代によって、人々が抱く漱石像は変化してきているが、今後も漱石は日本人の心の中にあり続けて、読み継がれていくと思います」

     節目の年に、房之介さんは祖父・漱石への思いを新たにした。

    2017年02月17日 13時50分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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