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    【エンタメ小説月評】戦時下の反骨とユーモア

     第2次世界大戦当時のヨーロッパを舞台にした秀作が近年相次いでいる。

     深緑野分『戦場のコックたち』(東京創元社)や、須賀しのぶ『また、桜の国で』(祥伝社)などが好例だ。日本では知られていない歴史を追体験できるのは、物語の力だろう。

     佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』(KADOKAWA)は、ナチス政権下のドイツを舞台に、「頽廃たいはい音楽」とされていたジャズを聴き、放埒ほうらつな行動を繰り返す「スウィング・ユーゲント」と呼ばれた若者たちを描いた長編だ。戦局の悪化とともに締め付けは厳しくなり、さらなる悲劇が彼らの人生を翻弄していく。

     語り手となるエディをはじめとして、登場人物の多くは、その日のパンに困らない富裕層の子弟たち。型破りの狂騒や、庶民とはかけ離れた豪奢ごうしゃな生活を支えるのは、実は彼らがあざ笑うナチスの恩恵という面もあるのだ。

     そんな矛盾をみ下しながら、反骨精神とユーモアをしたたかに持ち続ける。不合理で暴力的な政治がまかり通る時代にあって、“不良”少年たちの姿は強く心を揺さぶる。ジャズの名曲の数々と、「キモい」「誰得だよ」などの若者言葉をちりばめて、戦争の一断面を鮮やかに、軽やかに切り取った。

     続いて、明治初期の日本の物語として、日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作である戸南浩平『木足もくそくの猿』(光文社)を。左足が義足の奥井はかつて侍であったが、友のあだ討ちのために藩を抜け、その形見の刀を仕込みづえに仕立てて明治の世を暮らしていた。生首をさらす英国人連続殺害事件に仇敵きゅうてきが絡むことを教えられた奥井は、調査に協力することになる。

     文明開化の時代を生きる元侍という設定はとっぴなようでいて、タフで誇り高く、“卑しき街を歩く”ハードボイルド探偵小説の主人公としてはうってつけだ。チャンドラーへのオマージュを随所に織り込んだ遊び心も楽しい。

     木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(KADOKAWA)は、吉岡憲法やクサリ鎌の達人・シシドなど、武蔵と戦った男たちの視点でつづられた連作短編集だ。

     周辺人物の挿話を重ねて、中心の人物を浮き彫りにする手法は、連作短編集としてはさほど珍しくない。とはいえ、本書の魅力は、染め物に精を出す憲法など男たちの物語にそれぞれ力があることだろう。剣を交える場面のスピード感や、血や痛みの生々しさといった五感を刺激する描写は、著者の十八番といっていい。多くを語らない武蔵の内面の変化が、自身が描く絵を通して表現されていくのもたくみだ。

     最後に、呉勝浩『白い衝動』(講談社)を取り上げる。スクールカウンセラーの千早は、高校生の秋成から「人を殺してみたい」という願望を打ち明けられる。折しもかつて猟奇的な監禁・傷害事件を起こした男が刑期を終え、千早の街に住んでいることが明らかになる。住民の間で起こる騒動と、秋成の問題が絡み合い、千早を巻き込んでいく。

     絶対的な悪はあるのか、理解できない他者をどう受け入れるのか……。犯罪被害者や心理学者、住民らが互いの主張を述べ合うミステリーは、やや理に落ちる面があるのは否めない。それでも、難しい題材と正面から向き合った気鋭の熱量に圧倒された。江戸川乱歩賞作家の新境地だ。(文化部 川村律文)

    ★5個で満点。☆は1/2点。

    佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』

    歴史の重厚さ★★★★☆
    文体の軽妙さ★★★★☆
    満足度★★★★☆


    戸南浩平『木足の猿』

    ハードボイルド度★★★★☆
    新鮮味★★★☆
    満足度★★★★


    木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』

    剣豪小説度★★★★☆
    構成の新しさ★★★☆
    満足度★★★★


    呉勝浩『白い衝動』

    テーマの重さ★★★★☆
    物語のうねり★★★☆
    満足度★★★★

    2017年03月21日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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