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    【文芸月評】自己確立の難しさ

    一人称で恋愛、神秘的体験

    • 又吉直樹さん
      又吉直樹さん

     文芸の世界では先月末から、話題作が相次ぐ。

     作家の村上春樹さん(68)が書き下ろし長編『騎士団長殺し』(新潮社)を出版し、又吉直樹さん(36)は2年ぶりの新作「劇場」(新潮)を発表した。村上作品の主人公は<私>、又吉作品は<僕>。ともに一人称を使った男性の物語だ。

     <まぶたは薄い皮膚でしかないはずなのに、風景が透けて見えたことはまだない>

     「劇場」の冒頭は、薄く濁った感触がする。主人公の<僕>は、こんな小さなことが気になる芸術家肌で内向的な男性だ。関西の高校を卒業後、友人と上京して無名の劇団をおこし、脚本を書く。だが、仲間とうまくやることができない。

     その青年が、画廊をのぞく若い女性に一目ぼれし、奇跡的につき合い始めてから話は動き出す。初めてのデートで彼女が笑い、辺りの空気が膨らんだこと。一緒に暮らすうち、互いの好きな音楽が混ざり合ったこと。演劇に集中するため彼女に生活費を出させ、自力で稼いだ金も自分で使ってしまったこと――。

     共感、幸福、甘え、嫉妬、悪意、感謝。恋愛の各局面で引き起こされる様々な感情が、一粒ずつ砂金のように心の中できらめく。芥川賞受賞作「火花」が、売れなかった芸人たちへの哀歌を基調の色としていたのに対し、この小説では、構成する感情的な要素が複雑になり、深化した。

     若い頃の恋愛とは、異性の心を動力として自分の中の深い場所に降り、自分とは何か、人生に何を求めるのかを知るものだ。未熟な者が人間になってゆく長い心の旅を、又吉さんは生硬な青みの残る筆で書き切った。最後の場面で、その道行きをくぐり抜けた者の挽歌ばんかとして、真心の歌を絶唱しなければならなかった。

    • 村上春樹さん
      村上春樹さん

     村上さんの『騎士団長殺し』も、現実と自分の間が薄いまぶたのような膜で隔てられた画家の話だ。不思議な経験を通してそれらを破り、世界に触れてゆくまでをたどった。

     今作の読みどころは、第2部の後半にある。村上さんはよく、人間の魂には「地下2階」の場所があると話す。自分でも操れない心の深い場所にふと誘われ、自己の健全な発展を阻害するものを見つけ、真の自分と出会うこと。その体験を、暗闇があり、川が流れ、不意に湿った土の匂いがする、熱にうなされた時の際限なく続く夢にも似た文章を連ね、言語化した。

     又吉さんは恋愛、村上さんは神秘的な体験と題材は異なる。だが、いずれも一人称を用い、自己を確立する難しさを描く。ネットで人々が常につながり、検索サイトで簡単に気のきいた言葉が見つかる時代に、借り物でない「個」が重く問われるからだろう。

    • 温又柔さん
      温又柔さん

     そのほか、気鋭の作家たちは各自の大切な主題と向き合っていた。台湾生まれ、日本育ちの温又柔おんゆうじゅうさん(36)の「真ん中の子どもたち」(すばる)は、台湾出身の母と日本人の父を持つ19歳の女子学生が、母の言葉を学ぶため日本から上海に留学する物語だ。

     ほかの学生より中国語ができても、南方のなまりを教官に厳しく指摘された彼女は、日本や中国、台湾の三つの言葉の間で揺れる。漢字や平仮名、片仮名、中国語の発音をローマ字化したピンインの表記を用い、多言語が飛び交う開放的な言語空間を作中に表現しながら、自分が何者か悩み、一歩踏み出す様子を捉えた筆遣いがみずみずしい。

     今村夏子さん(37)の「星の子」(小説トリッパー春季号)は、我が子の健康問題をきっかけに、新興宗教に傾倒する両親のもとに育つ少女を描く。高価な水を購入し、怪しい儀式を繰り返す大人。周囲から見れば異常な事態をあえて体温の低い言葉で縁取る。疑念を抱きながら、親への愛情もあり、それが日常となった彼女の心の景色を写した。

     ベテランの青野そうさん(73)の連載「未老人ノート」(すばる、2015年4月号~)も完結した。高齢になって生まれた子どもを育てる男性の日々を記す。自分の意識は、「未老人」に近くても肉体は「純老人」になりつつある葛藤を、あくまで軽やかににじませる姿に作家の年輪が刻まれていた。(文化部 待田晋哉)

    佐野洋子さん 未公開書簡など本に

     ロングセラー『100万回生きたねこ』などで知られる絵本作家、エッセイストで2010年に72歳で亡くなった佐野洋子さんが、韓国の哲学者、崔禎鎬チョエジョンホさん(83)に送った未公開書簡48通などを収めた『親愛なるミスタ崔』(クオン)が出版された。

     2人は、佐野さんがリトグラフを学ぶため、ベルリンに留学した1960年代後半に知り合った。交流が40年近く続いたこと、文学性豊かな手紙にも驚かされる。<全く女って、女である以外に何にも向かない無駄な生き物ですね(略)そして善良で、退屈な女も、いかにも悪賢い女も、結局同じように素晴らしくおそろしいと思います>。

     自分自身、愛する我が子、日韓関係など何を語っても生身の言葉がある。崔さんは「佐野さんの手紙を読むのが好きで一人で読むのがもったいないと思った」と語る。

    2017年04月06日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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