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    【エンタメ小説月評】過去から何を学ぶのか

     人は過去から何を学び、未来に何を手渡すべきなのか――。

     太田愛『天上のあし』(上下巻、KADOKAWA)は、サスペンス小説として読者を存分に楽しませながら、現代を生きる私たちに大きな問いを投げかける。少しずつ居心地が悪くなっているようにも見えるこの社会に真っすぐ目を向け、そこに潜む危うさを浮き上がらせた本作は、上半期の要注目作であり、いま読むべき骨太の物語である。

     白昼、東京・渋谷のスクランブル交差点で、ある老人が空を指さした後、絶命した。興信所を営む鑓水やりみずと修司は元大物政治家から、老人が最後、何を見ていたのかを調べるよう依頼される。報酬は1000万円と法外。裏がありそうだ。同じ頃、一人の公安警察官が失踪し、停職中の警官・相馬が秘密裏に捜索を命じられる。次第にリンクしていく二つの出来事。やがて明らかになるのは、太平洋戦争にまつわる暗い記憶と、現在進みつつある危険なたくらみだった。

     様々な謎をはらみながら多方向に広がる物語は最後、見事に一つに収斂しゅうれんする。その過程で描かれる「善なる人間」を信じようとした人々の思いには涙があふれ、現実と重なる危機には、空恐ろしくなった。著者は人気テレビドラマ「相棒」の脚本家だが、映像ではなしえぬ密度でもって、読者を鼓舞しようとしたに違いない。――過ちを繰り返さぬために諦めてはいけない。まだ間に合うはずだ、と。

     それに比べると窪美澄『やめるときも、すこやかなるときも』(集英社)の世界はずいぶん小さい。ただ、それ故の味わいがある。大切な人の死を忘れられず、毎年12月になると声が出なくなってしまう家具職人の壱晴と、結婚に憧れながらも男性とのつきあい方が分からない桜子。共に32歳の男女が、ゆっくり近づいていくさまを丁寧につづる。

     著者の作品に共通する「生きることへの切実さ」は、今作でもテーマとなるが、語り口は柔らかく、物語は優しい。2人の恋は独りよがりで、どこか滑稽だが、端から見れば、恋とはそういうものであり、結婚とは、相手が背負う荷の一部を自分が背負ってもいい、と思うことでもあるのだろう。恋に臆病になってしまった人に、ぜひ読んでもらいたい一冊となった。

     残りの2作には、ベテランの作品を挙げたい。江國香織『なかなか暮れない夏の夕暮れ』(角川春樹事務所)には驚かされた。この人気作家が、新たな境地に挑み続けていると改めて分かったからだ。とはいえ、派手な物語を期待してはいけない。描かれるのは、本ばかり読んでいる資産家の稔と、その周囲の人々の代わり映えのしない日常。著者のそういった描写は相変わらず抜群にうまいが、特筆すべきは、稔が読む本の内容が作中作として相当なページにわたり書かれていること。北欧ミステリー風だったりするのだが、これが読み応えがあり、さらに、何かに読書を邪魔され、急に現実に戻される稔の描写も本好きにはなじみ深いものだ。本のある暮らしの豊かさに触れることができる。

     東野圭吾『素敵すてきな日本人』(光文社)は9編を収める短編ミステリー集。どれもテイストが違い、しっかりとしたオチがあるのはさすが。1編30ページほどで手軽に読めるが、帯に「毎日寝る前に一編」とあるのはどうだろう。一つ終われば次が気になり、本を置いて眠るのはひどく難しい。(文化部 村田雅幸)

    ★5個で満点。☆は1/2点。

    太田愛『天上の葦』

    現実とのリンク  ★★★★☆
    胸打つサスペンス ★★★★☆
    満足感      ★★★★☆


    窪美澄『やめるときも、すこやかなるときも』

    誰かと生きる意味 ★★★★☆
    恋のリアリティー ★★★★
    満足感      ★★★★


    江國香織『なかなか暮れない夏の夕暮れ』

    たゆまぬ作家の挑戦★★★★☆
    作中作の面白さ  ★★★★
    満足感      ★★★★


    東野圭吾『素敵な日本人』

    バラエティー豊か ★★★★☆
    意外な結末    ★★★★
    満足感      ★★★★

    2017年04月20日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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