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    【文芸月評】三代記 一瞬一瞬で描く

    営まれた人生に美しい輝き

    • 松家仁之さん
      松家仁之さん

     今月連載を終えた松家まついえ仁之まさしさん(58)の「光の犬」(新潮、2015年9月号~)は読後、しばらく黙っていたくなる小説だ。物語の静寂の中に、たたずんでいたくなる。

     舞台は、オホーツク海に近く、湧別ゆうべつ川のほとりに広がる北海道東部の町だ。主要産業だったハッカ工場の創業者の一人である明治生まれの祖父と助産婦の祖母。工場で働く父親や、実家に居着いた父の姉と2人の妹。父の子どもの歩と始の姉弟。一族3代の物語を、飼っている北海道犬の話を織り交ぜながら記す。

     一族の三代記といえば、医者だった自身の家系をもとにした北杜夫『楡家にれけの人びと』のようなものが思い浮かぶ。だが、松家さんの作品の感触は少し異なる。時間とともに移ろう人間の生を、川の流れの全体ではなく、川面に浮かんだ渦やよどみ、さざ波を捉えるようにして、一瞬の時間の積み重ねとして描き出す。

     助産婦として妊婦と向き合う時間だけが生きがいとなった祖母が、妊娠した義理の娘のおなかにあてたときの手のぬくもり。高校生になった歩が青春を持て余すように、町の教会の牧師の息子と走った2人乗りのバイク。印象的な場面を残しながら、物語は次第に死の影を濃くしてゆく。

     物語の最終盤、町の人口は往時の半分になり、始は父親やおばたちを介護する。日本の人口が6年連続で減少したと伝えた、総務省の14日の発表を象徴するような光景だ。だが、町が静けさに包まれるほど、老いた人々の混濁した意識の中でかつて生きた人々の言葉がえ返り、営まれた生の記憶は美しく輝くのだ。

     大切な人間の死とは、深い悲しみとともに、時として人を生かすものではないか。命のかけがえのなさを痛切に教え、人を生の方へ導くからだ。松家さんの長編のほか、2人の作品にも感じさせられた。

    • 沼田真佑さん
      沼田真佑さん

     今年の文学界新人賞に決まった沼田真佑しんすけさん(38)の影裏えいりの主人公は、同性の恋人と別れ、東京から岩手に異動して2年になる男性会社員だ。社内に遊び仲間もできた。だが、会社をやめたその友人は生活が乱れ、東日本大震災の津波に巻き込まれたのか行方不明になる。2人が自分の心の揺れを抑え込むように熱中する釣りの様子、豊かな自然の描写に精彩がある。

     太田靖久さん(41)の「リバーサイド」(群像)は、大学を出て銀行員になった青年と、小学校のサッカーチームの仲間で、高校を卒業して派遣の仕事につく男との関わりを描く。面倒くさいけれど、変に「正しい」ことを語る男の存在が主人公は気になる。丁寧な筆致で出来事や感情の流れをたどり、男の突然の死がやりきれない影を落とす。

    • 旦敬介さん
      旦敬介さん

     今月の文芸誌では、旦敬介さん(57)の「アフリカの愛人」(新潮)も注目作だ。南米やアフリカなど各地に暮らし、『旅立つ理由』で読売文学賞を受賞した著者の小説である。日本人の妻とケニアに滞在する<K介>が、ナイトクラブで知り合ったアミーナを愛するようになる話だ。

     妻と別れるでもなく、「肌の色の違う女たちがまだものめずらしい」から遊びたい。ぬけぬけと思っていたK介は、彼女と旅した際、パスポートをめぐる入り組んだやり取りに、彼女が置かれた複雑な状況を知る。悪気なく預けた金で金の指輪を買われ、ある種の爽快さを覚える。

     異国情緒に浸る段階から、真の他者としての異国に出合い、染まってゆく姿を、アフリカの乾いた空の青さで刻みつけた。

     また、ベテランの森内俊雄さん(80)は、「新潮」2013年11月号から始めた計6本の連作小説「道の向こうの道」を終えた。1956年、大阪から上京して早稲田大の露文科に入学した大学生の青春をつづる。「いいかね、きみたち。露文科の学生になったからには、もはや就職はあきらめたまえ」。1年生の最初の専修科目の授業で高らかに、教授は学生たちに言い放つ。かつての大学には、紛れもない本物の文学があった。

     二瓶にへい哲也さん(48)の「墓じまい」(文学界)は顔にやけどの痕を負いながら、5人の子どもを育てる女性の造形に型破りな活力がみなぎる。(文化部 待田晋哉)

    ポール・オースター回想録

     米国を代表する作家の一人、ポール・オースターの回想録『冬の日誌』と『内面からの報告書』(いずれも柴田元幸訳、新潮社)が刊行された。子どものころにボールを一人で高く投げて遊んでいて大けがをしたこと、性に目覚めて彼女と唇がひび割れるまでキスしたこと……。時間が行きつ戻りつする文章に、人間の記憶とは過去から現在へ真っすぐには流れず、波打つように揺らぐものだと改めて感じる。

     19日には東京都内で、柴田さんと気鋭の翻訳家、藤井光さんが対談した。柴田さんは「(1947年生まれの)オースターが、ある種の集大成的なことをやろうとした気がする」と語り、藤井さんは、自身を掘り下げる姿勢について、「自分が謎であることを譲らないことで、深い謙虚さが生まれている」などと応じた。

    2017年05月04日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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