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    【文芸月評】死者を回想 永遠の生

    親友が 母が 読み継がれる

     今月は、自身の出会った人々を、その生の鼓動や息遣いが間近に感じられるほど描き切った2編に引き込まれた。

    • 瀬戸内寂聴さん
      瀬戸内寂聴さん

     「群像」昨年4月号からの連載が完結した瀬戸内寂聴さん(95)の「いのち」は、胆のうがんの手術を終えた<私>が退院し、京都・嵯峨野の自宅「寂庵」に戻る様子から書き起こされる。介護ベッドに寝つく生活を送るうち、鬼籍に入った同世代の作家の河野多惠子や大庭みな子のことなどを思い返してゆく。

     作家の丹羽文雄の同人雑誌の会合で知り合い、『かに』で芥川賞を受賞した河野とは、長電話を続ける60年以上の親友だった。文学修業を続けるうちマゾヒズムや異常な性愛を題材にした作品を書き始め、占いに凝り、仕上げた原稿を運の良い日に渡し、<私>の引っ越し先の方角の良しあしも助言するようになる。

     一方の大庭は、外国で暮らす日本人の妻の情事を大胆に描く同賞受賞作『三匹の蟹』で、輝かしく登場した。つやっぽさがあり、崇拝者のような夫と住み、好みの異性は「奴隷になりきれる男」と言い切る。

     1987年に女性初の芥川賞選考委員に共になった2人は、戦後の女性文学を牽引けんいんした。実力を認め合いながら燃やした対抗意識。女性の性を切り開く作品を残した彼女らの実生活での愛の形。時にうまく見えすぎた河野の文壇での振る舞い。振り返られる挿話の数々から、書く者として生きるしかなかった女性作家の業が浮かび上がる。

     荻野アンナさん(60)は、その2人の選考委員時代に同賞を受けた。「文学界」2014年3月号の「海藻録」で始まり、7作目の「なよ竹」で完結した連作短編は、高齢の母を介護する<私>が大腸がんを病む話だ。闘病と介護を同時に体験し、母を亡くすまでを濃淡のある筆致で記した。

     難産だった娘の出産を、当人に「つらい目に遭わせてごめんね」と謝らせるほど何度も振り返り、病院に掛かる桜の絵を「お金にならない絵だよ。見るだにおぞましい」と毒づく画家の母親は、過剰に個性的な姿がどこか憎めない。娘の深い愛情がにじむ。

     反論するすべを持たない死者を回想して書くことは、生きた人間による一方的な記述になりかねない。それでも物語の中に書き留めれば、彼らは読み継がれ、永遠の生を得られる。作家が大切な人物への愛情を示す最大の方法は、魅力的な言葉で書かれた者としての新たな生を息づかせることなのだと、両作は教える。

     今月全26巻の全集の刊行が終わった谷崎潤一郎は、作家の仕事の魅力を「自分だけの世界」を持てることにあり、<いつでも気が向けばそこに逃げ込んで籠城し、子供が好きな人形を並べて楽しむやうに、数々の幻想の人形を並べて(略)自由な時をすごすことが出来る>ことだと、随筆「雪後庵夜話せつごあんやわ」に記した。

     文豪の言葉のように、自分だけの「物語の王国」を築いた作品は、若手にも見られた。

    • 鴻池留衣さん
      鴻池留衣さん

    昨年の新潮新人賞を受けた鴻池留衣さん(30)の「ナイス・エイジ」(新潮)は、東日本大震災を2年前に予言したというインターネット上の人物をめぐる先鋭的な一編だ。

     2112年から来たと自称し、ネット上で「2112」と呼ばれる人物が現れる。彼は本物の未来人なのか。彼を自宅にかくまっていると語るAV女優をめぐり、「祭り」のような騒ぎが起きる。

     現実とネット界の混乱。未来への憧れと不安。野放しな性の欲望。様々なものが錯綜さくそうする現代の気分を、そのまま差し出した面白さがあった。

    • 小山内恵美子さん
      小山内恵美子さん

     小山内恵美子さん(42)の「図書室のオオトカゲ」(すばる)は、図書室で働く女性が主人公。自分にしか見えないオオトカゲが、利用者や蔵書を次々とのみ込んでゆく。静かな文章とトカゲの恐ろしい行動の落差に、足元が溶けてゆくような感覚を覚える。

     栗田有起さん(45)の「毛婚」(群像)は、夫の髪が突然ふさふさに生えてきた出来事をきっかけに、妊娠中の妻が男女とは何かを見直す。流しの縫い子を描く2003年発表の『お縫い子テルミー』をはじめ初期作品からの持ち味だった奇想に、人間観の深みが加わった。(文化部 待田晋哉)


    村上春樹さんの短編を漫画に

    • 「パン屋再襲撃」
      「パン屋再襲撃」

     村上春樹さんの短編を仏の「バンドデシネ」と呼ばれる芸術性の強い漫画にした「HARUKI MURAKAMI 9 STORIES」シリーズの刊行が、スイッチ・パブリッシングで始まった。

     第1弾は、夜中にひどい空腹感に襲われた夫婦を主人公にした「パン屋再襲撃」=写真=。1985年発表の作品で、不条理とも言える展開に外国でも人気が高い。都会的な雰囲気がある一編を、仏の芸術家が癖の強い絵で仕上げたのが興味深い。

     同著は初刷1万5000部のうち、紀伊国屋書店が1万2000部を買い切り、同社の店舗や取次を通して全国で売るなど販売手法も工夫する。全9冊を刊行の予定。

    2017年07月06日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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