文字サイズ
    本にまつわる全国、世界各地の最新ニュースをお届けします。

    晩年の谷崎 愛欲と業描く

    『デンジャラス』を出版 桐野夏生さん

    • 執筆にあたり谷崎らが残した書簡を見たり、後の潺湲亭も訪ねたりした。「日本家屋の母屋は思ったより狭かった。濃い人間関係がここに凝縮されていたと感じた」
      執筆にあたり谷崎らが残した書簡を見たり、後の潺湲亭も訪ねたりした。「日本家屋の母屋は思ったより狭かった。濃い人間関係がここに凝縮されていたと感じた」

     現代文学の最前線を走り続ける桐野夏生さん(65)が、新作『デンジャラス』(中央公論新社)を出版した。晩年の谷崎潤一郎と彼を取り巻く女性たちをモデルにした長編だ。老いてますます燃え盛る文豪の愛欲と業に迫った。

     「谷崎は時に自己中心的で、周囲を傷つけても書き続けた。自分も人生の最期に何が出て来るのか興味を覚えるようになりました」

     物語は1951年、文豪が当時暮らしていた京都の邸宅「潺湲亭せんかんてい」で詠んだ和歌の引用から始まる。

     <つまいもうと娘花嫁われを囲む潺湲亭の夜のまどゐ哉>

     戦中に華やかな内容が時局に合わないと『細雪』が発禁になった谷崎は、戦後一転して人気作家となった。私生活でも、妻の松子、結婚した夫に先立たれて出戻ったその妹の重子、松子の先夫との間に生まれた息子の嫁の千萬子ちまこなど、多くの女性に囲まれて暮らした。

     その日々を『細雪』のヒロイン、雪子のモデルとなった重子が回想してゆく。

     「松子という派手な姉が『光』なら、妹の重子は『影』のように言われる。立場的にも内面的にも複雑だったと思う。しかし『細雪』で、谷崎は明らかに雪子を愛して書いていた。松子は妻として確固たる立場があり、随筆『倚松庵いしょうあんの夢』を記した。でも重子は『細雪』のモデルになっただけで、自分の言葉を残していない。どんな気持ちだったか想像が膨らみました」

     妻の松子の実家に題材を取り、関西の旧家に育った4姉妹を描く『細雪』で、重子は芯の強い女性「雪子」として、松子より魅力的に描かれた。だがやがて、作家の文学のミューズは若い千萬子に移り、老いの性を描く『瘋癲ふうてん老人日記』など傑作が生まれた。作家の想像力に命を吹き込む喜び、その役割を失う焦りを、架空の言葉や場面を交えて妖しく、自在につづる。

     「周囲をモデルに作品を書くうちに、谷崎は暴君になり、作家として自分が時代を築く意識も強かった。女性たちには支える喜びや苦しみがあり、その意味で運命共同体。はなはだ無礼とは思いつつ、資料のないところは想像で埋めて書いた。想像することが作家の仕事だから」

     社会派のハードボイルドから、文芸性の高いものまで様々な作品を執筆してきた。その作家の世界は東日本大震災後、変化をみせている。震災後の世界を生きる一人の少女を描く『バラカ』(集英社)や、震災などを機に連合赤軍事件に関わった女性の人生が動き出す『夜の谷を行く』(文芸春秋)の話題作を発表した。

     「1970年に大学に入り、在学中に連合赤軍事件が起きた。その後は、陰惨な内ゲバの世界に。自分は、現実はむごい世界だから、そのむごさに負けない強度を持つ虚構を作りたい、といつも考えてきました」

     「東日本大震災は、大きなショックでした。このまま不幸なディストピア的日本になるのだろうかという思いがある。一方、若い人の非正規雇用が増え、非婚化が進み、一人一人が孤独に生きている。どんな社会になるのか、小説を書くことで考えたいという思いがあります」

     りんとした表情をみせた。(待田晋哉)

     ◇きりの・なつお 1951年、金沢市生まれ。成蹊大卒。93年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞、99年に『柔らかな頬』で直木賞、2008年に『東京島』で谷崎潤一郎賞を受賞するなど、数多くの文学賞を受賞している。

    ◎お気に入り

     ★日本推理作家協会賞の黒川博行さんの腕時計 1998年に『OUT』で受賞し、記念の腕時計をいただいたら男物だった。それを見た過去の受賞者の黒川博行さんが、自分がもらったときのものならきゃしゃで女性でもつけられるから、と交換してくださいました。優しいですよね。

     ★魔よけ 祖母からゆずりうけて、自宅の玄関に飾ってあります。娘が引き継ぐと、言っています。木彫りで、以前はクスノキのにおいがしていました。

    2017年07月07日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    リンク