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    濃密な施設生活 原点に

    初の自伝的小説 『めぐみ園の夏』刊行 高杉良さん

    • 「この小説の続編を書くとしたら、業界紙時代の話になるかな」と意気軒高なところを見せた(東京都内の仕事場で)=菅野靖撮影
      「この小説の続編を書くとしたら、業界紙時代の話になるかな」と意気軒高なところを見せた(東京都内の仕事場で)=菅野靖撮影

     11歳から12歳にかけて、戦災孤児たちが暮らす施設にいたことがある――。デビュー以来、一貫して企業・経済小説を手がけてきた高杉良さん(78)が、初めて自らの生い立ちを明かす自伝的小説『めぐみ園の夏』(新潮社)を刊行した。60年以上たった今でも「濃密だった」と語る施設での1年半とは。

     1950年夏、小学6年の杉田亮平は、きょうだいとともに、千葉県にある養護施設「めぐみ園」に入園させられる。離婚した両親に「見捨てられ、放り込まれた」のだ。「天国のような所」という触れ込みだったが、食事はまずく、一夜にしてシラミをうつされる。厳しい食糧事情、理不尽な園長夫妻や横暴なその息子、偏見に満ちた周囲の目……。亮平は「地獄のような所の間違いだ」と思う。

     「小説だから、少しだけ変えた所はあるが、ほとんどが実体験」と話す。当時の記録はなく、頼りは記憶だったが、「書き始めたら、あふれるようによみがえった。多感な時期だったからよく覚えているんです。こんなにすらすら書けたのは初めてで、逆に分量を抑えるのに苦労した」。

     普通なら、くじけそうな環境だが、亮平は、持ち前の人なつっこさと機転で人生を切り開いていく。園の作業員や保母さんらと次々と仲良くなり、最初は「残飯野郎」と悪口を言っていた地元の悪ガキとも友達になる。また、亮平のため、園長夫妻と直談判する医師や元級友らも現れる。

     「本当に人に恵まれた」。特に、養子にならないかと誘ってくれた、作中にも稲垣富子先生として登場する中学時代の担任のことは深く記憶に残っているという。「面倒を見てくれたのは1学期と2学期だけだったのに、本当に、よくしてもらった」。小説執筆中、当時を思い出し、涙がこみ上げてきたこともあった。

     入園から1年半後、父親が引き取りに来て、園での暮らしは終わりを迎えるが、そもそも今なぜ、自らのことを書こうと思ったのか。「施設にいたことは、当時からの友人や妻は知っていたが、息子にもきちんと話していなかったようで、2年ほど前に息子に『そろそろ書いてみたら』と言われた」。父方の伯父を始め、世話になった人たちのことを書き残したい気持ちもあった。

     これまで数多くの、時代を反映した経済・企業小説を書いてきたが、それを下支えしてきたのは実は、園での1年半を耐え抜いたという自負だった。「これ以上ないひどい状況で子供ながらに頑張れたのがバネとなり、糧となっている。あそこでの暮らしはいわば『作家の原点』なんです」。それに、業界紙記者時代から変わらない、相手が誰であろうと、物おじせず飛び込んでいく姿勢もこの当時からだとか。

     小説を書いたことで、思わぬ副産物もあった。体力的な問題もあり、数年前から、経済小説を執筆するのはそろそろやめようと思っていたという。だが、「この小説を書いていたら元気がもどった」。新しい経済小説の連載も始まり、「後期高齢者がこんなに仕事をしていいのかね」とおどける口調はすっかり若々しかった。(十時武士)

     ◇たかすぎ・りょう 1939年、東京生まれ。化学専門紙記者、編集長を経て、75年に『虚構の城』でデビュー。『労働貴族』『小説 日本興業銀行』『組織に埋れず』など多くの企業・経済小説を世に送り出してきた。『金融腐蝕列島』のシリーズや『不撓ふとう不屈』は映画化された。

    ◎お気に入り

     ★太字ボールペン 原稿は、いまだにパソコンではなく手書きです。その時に使うのが、この1.0ミリの太字のボールペン。万年筆なども試したけれど、こちらの方がなじんで、かれこれ20年は使っていると思います。

     ★童謡唱歌大全集 30年ぐらい前に買った本で、載っている童謡や園で習った賛美歌は、気分転換に家や仕事場で1人で歌ったりします。園の活動の中でもコーラス部は好きでした。当時覚えた歌は、今でも全部歌えますよ。

    2017年07月14日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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