文字サイズ
    本にまつわる全国、世界各地の最新ニュースをお届けします。

    【文芸月評】時代は人間が成す石垣

    一つずつの生に共感寄せる

    • 橋本治さん
      橋本治さん

     今月の文芸誌は、作家の橋本治さん(69)がベテランの存在感を発揮している。「新潮」に「草薙の剣――昭和へん」を発表し、「群像」では昨年7月号からの連載「九十九歳になった私」を完結させた。

     「草薙の剣――昭和篇」は、62歳から12歳までの10歳ずつ違う6人の日本人が、どのように生きてきたかを、父母の来歴を含めて同時並行的に描く。「平成篇」は10月号掲載予定で、昭和と平成とは何だったのかを長編として総体的に捉える試みのようだ。

     同時代に繰り広げられる様々な人生模様が、陰影の濃いオムニバスドラマのように展開される。戦争で養父を失い、苦学して会社にもぐり込む父親。その父が「俺の息子が大学に行くなんてなァ、考えられねェよな」とうれしそうにビールを飲む姿を嫌い、フリーターになる息子。思うように就職できず専業主婦になった団塊世代の母と、テレビゲーム漬けになる小学生。

     それらに触れるうち、一つの時代とは、人間が成す石垣なのだと感じられてくる。石垣の石は、大きさや形もばらばらで、少しずつずれて組まれている。しかし、一つだって欠けていい石はない。

     <「バブル経済」と言われる状態へ向かって行こうとする日本は、穏やかな光を浴びる毎日が続いているようだった>。著者は、昭和を語る。石垣の全体における自分の意味が分からないまま、日に照らされて存在し続けた一つずつの生に共感を寄せるのだ。

     「九十九歳になった私」は、2046年、98歳の作家「橋本治」の日々をゆるゆるとつづる。東京大震災が発生し、科学の暴走のために恐竜が空を飛ぶようになった世の中をぼやきながら、作家は独り暮らしを続けて99歳になった。

     最近の日本人は、少子高齢化に潜在的な恐怖感を覚えている。書店の平台には、NHKスペシャル取材班『縮小ニッポンの衝撃』(講談社現代新書)、吉原祥子『人口減少時代の土地問題』(中公新書)などの新書が目立つ。だが長い時間感覚で社会を見守る作家は、どんな時代でも生きてしまう人間のしぶとさに信頼を寄せるかのように見えた。

     不格好だったり、ゆがんでいたり。取るに足りないようで、掛け替えのない石くれたちの物語が、ほかにもあった。

    • 壇蜜さん
      壇蜜さん

     タレントの壇蜜さん(36)の「はんぶんのユウジと」(文学界)は、古本屋巡りが趣味の生気のない男と見合い結婚する女性の話だ。デートの食事で、ビーフシチューかハンバーグか迷う女性に、彼は見た目の汚さを構わず両方頼んで半分ずつにしようと語る。

     世慣れなくても、悪い人ではない男性に愛着を持ち始めたのに、彼は結婚2か月目で突然死する。そのやりきれなさをある場面に凝縮した。めんつゆで温めたうどん、鍋で肉と煮た豆腐など、薄茶混じりの白のイメージを、さえない2人と重ねるように頻出させる細部への執着もあった。

     三輪太郎さん(55)の「その八重垣を」(群像)は、万葉時代の日本にあった歌垣の風習が残る中国・雲南の少数民族を調査する40歳前の研究者を描く。国境を越えて民族や文化が混淆こんこうする東アジアの姿にロマンを感じる男の夢を、実際に台湾から日本へ渡った一族から聞いた現実の話の重みが徹底的に打ち砕く。

     木村紅美くみさん(41)の「雪子さんの足音」(同)は、アパートの住民と交流したがる大家と、それが重荷になる若者の姿が淡く胸に残った。

    • 多和田葉子さん
      多和田葉子さん

     最後に、多和田葉子さん(57)の連載「地球にちりばめられて」(群像昨年12月号~)も完結した。故郷の「列島」が消滅し、人々は地球上に散らばる。ある女性は欧州で自分の作った言語を話して暮らし、ある男性は話せない状態に陥る。列島の言葉を学び、成りすます者も現れた。

     女性が久々に自分と同じ母語の人を見つけ、止めどもなく話し掛ける場面が真に迫る。母語や人のつながりへの渇望が、ドイツに暮らす著者ならではの実感を伴って作品ににじむ。その切実さが、現代社会への警鐘を鳴らすから文学的だなどといった安易な評価から本作を踏み出させている。(文化部 待田晋哉)


    津島佑子さんの母校での記録

     昨年2月に68歳で死去した作家、津島佑子さんの母校、白百合女子大でのシンポジウムの記録などを収めた井上隆史編『津島佑子の世界』(水声社)が出版された。

     作家は、中学から高校、大学と10年間カトリック系の白百合学園に通った。「大人びているのだけれど、ある面でキュートな部分もあって」と学生時代の人柄を振り返る同窓生の座談会は、津島文学を形作ったものや宗教との関わりを考えさせて興味深い。高校のときには、理科部の生物班で飼ったハツカネズミが子どもを産み、その一匹が「虚弱児で大人になれない」と言われ、自宅に引き取った。また、女子大生が車の免許を持つのが珍しい時代に車で登校していたという。命への深い思いと周囲の目を気にしない大胆さ。作家になるべき感受性を持った女性だったことをしのばせる。

    2017年09月07日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    リンク