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    【エンタメ小説月評】不条理な人生 ゲームと対比

     当欄を読んだら、ぜひ書店へと足を運んでほしい。8月から9月にかけて、話題作が続々と刊行されているのだ。読書の秋という言葉にふさわしい豊かな気分が味わえるだろう。

     その中から、カンボジアを舞台にした小川さとし『ゲームの王国』(早川書房、上下巻)を取り上げたい。ポル・ポトの隠し子とされる少女ソリヤと、天才的な頭脳を持つ少年ムイタック。幼少期の1975年に出会った2人の人生は、秘密警察の暗躍や、クメール・ルージュによる虐殺など、時代の激流に翻弄ほんろうされていく。下巻では約半世紀後の近未来に舞台を移し、新たな物語がつづられていく。

     理想とする社会を作るために、権力の中枢を目指すソリヤ。脳波を利用したゲームの開発にいそしむムイタック。相克する2人の物語を、土と会話する男や、輪ゴムで人の死を予測する男など、超現実的な挿話が彩り、重層的にしていく。不条理に満ちた人生を、ゲームと対比させて描き出す手腕は鮮やかだ。ハヤカワSFコンテストでデビューした著者の会心作だ。

     隣国についての作品を続けて紹介したい。ヴィエト・タン・ウェン『シンパサイザー』(同、上岡伸雄訳)は、ベトナム生まれの作家が、内部の視点からベトナム戦争を描いた長編だ。北ベトナムのスパイだった男は、独房で告白をつづる。ベトナム戦争末期に南ベトナムからアメリカに脱出し、同胞たちの動向を報告し続けた日々のことを。

     非嫡出子として生まれ、確たるアイデンティティーを持つことができない男の視点を通じて、アメリカでマイノリティーとして生きざるを得ない移民の姿と、戦争がアメリカ的な文脈の中でしか理解されない現実がつづられていく。北の“同調者”でありながら、南ベトナムの人々にも“同情する者”という表題など、両義的な言葉を多用し、現実の様々な側面を浮き彫りにする手法も効果的だ。スパイの孤独を描く小説として、戦争や移民を描く文学として、多様な楽しみ方ができる。ハヤカワ文庫版(上下巻)も刊行されている。

     次に、近未来を描いたディストピア(反ユートピア)SFであるオマル・エル=アッカド『アメリカン・ウォー』(新潮文庫、上下巻、黒原敏行訳)を取り上げる。21世紀後半にアメリカ南部の3州が独立を宣言したことに端を発し、未曽有の死者を出した第2次南北戦争。戦闘とテロが相次ぐ中、南部の少女・サラットは戦禍に運命を狂わされていく。

     アメリカ社会の断絶が広がり、他の大国がその混乱を後押しする――。舞台は近未来の設定だが、世界各地で今まさに起きている諸問題を想起せずにはいられない。そして、ごく普通の少女が戦いに身を投じ、人生をゆがめられていく様子は真に迫る。「そのころのわたしは幸福だった」という序盤の一文がきいてくる構成も巧みだ。

     重い物語が続いた。最後に紹介するのは、門井慶喜よしのぶ『銀河鉄道の父』(講談社)だ。宮沢賢治の父・政次郎の視点で、その家族を描いた意欲作だ。

     政次郎自身の人生は決して思い通りに進むわけではない。頑固な賢治は、学問や宗教に熱中し、質屋の商売に関わろうとしない。賢治の妹、トシは夭折ようせつする。現実に翻弄されながら、政次郎が惜しみない愛で家族を包み込む姿を、著者はユーモアを交えて心にしみる物語へと昇華させた。その隠し味は、自らも父である著者の優しさかもしれない。(文化部 川村律文)

    ★5個で満点。☆は1/2点。

    小川哲『ゲームの王国』

     論理ロジックの楽しさ    ★★★★
     理屈抜きの物語性  ★★★★☆
     満足度       ★★★★☆

    ヴィエト・タン・ウェン『シンパサイザー』

     スパイ小説度  ★★★★
     文学性の高さ  ★★★★☆
     満足度     ★★★★

    オマル・エル=アッカド『アメリカン・ウォー』

     ディストピア度  ★★★★
     国際情勢を連想  ★★★★☆
     満足度      ★★★★

    門井慶喜『銀河鉄道の父』

     ままならぬ人生  ★★★☆
     父の愛      ★★★★★
     満足度      ★★★★

    2017年09月21日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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