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    【文芸月評】現代の女性文学問う

    際立つ無機的な匂い

    • 古谷田奈月さん
      古谷田奈月さん

     フェミニズムに共感を寄せる作家、川上未映子さん(41)が責任編集した「早稲田文学増刊 女性号」が出版された。戦前生まれの詩人の石垣りんら物故者をはじめ、詩人の伊藤比呂美さんや歌人の雪舟えまさん、作家の津村記久子さんら現役の筆者、米国で活躍する中国出身のイーユン・リーさんら海外作家など女性82人が原稿を寄せるなどした。

     女性文学隆盛の傍らで、女性の批評家が少ないなど、正面からその文学を論じる機会は乏しい。編者は、<既視感にあふれる動機だと思われるかもしれませんが、「女性」というものと「書く」という表現がどのような関係にあるのか>を改めて形にしたかったと記す。書き下ろし作品はいずれも力がこもっていた。

     男女のあり方が極端に変容した世界を描く小説『リリース』が三島由紀夫賞の候補になった古谷田奈月こやたなつきさん(35)の「無限の玄」が目を引いた。女嫌いの父親と叔父、彼らの3人の息子が作る旅回りのバンドが故郷に帰り、中心メンバーだった父が息を引き取る。息子たちは解放された気分を味わうのもつかの間、父は生き返ってしまう。

     音楽、酒、詩。影のある幻想的な世界は余白があり、深読みを誘う。男性だけのバンドは、社会の第一線から女性を排除して群れたがる男性集団の象徴で、死なない父は、若い世代にも根強く残る社会の中心は男が担うべきだといった古い価値観の比喩にも見える。抽象レベルで男たちの女性嫌悪を突きつけた。

    • 村田沙耶香さん
      村田沙耶香さん

     <夢精をして目が覚めた>

     村田沙耶香さん(38)の「満潮」は、妻の衝撃的な体験をつづる一文で始まる。年下の会社員の夫を持つ派遣社員などとして働く女性の話だ。互いに性的な接触を避けていた友達のような夫との関係が妻の体験をきっかけに動き出し、2人はある行為に没頭する。

     家事はともに手を抜こうと語り合う夫婦が、レトルトのラザニアとあじの開きなど奇妙なメニューを楽しく食べる場面がいい。食事や生活習慣に独自の形があるように、性もカップル特有の形があってよい。突飛とっぴなようで、まっとうなことをおおらかに語った。

     同号に「せとのママの誕生日」、「文学界」に「木になった亜沙」の2編を発表したのは今村夏子さん(37)だ。この作家は、「木」のような何げない単語を、小説上で冷たい、温かい、寂しいなど様々なイメージを膨らませる言葉に変える不思議な力がある。藤野可織さん(37)の「私はさみしかった」は、思春期の女子高生を無理やり大人にする一瞬一瞬が刻まれている。

     今回の特集では旧来、女性を語る際によくあった女性の生命力や自然との結びつきを強調する作品より、無機的な匂いのするものが際立つ。理由は二つあるように見える。

     まず、かつて女性が自らの性を描き切ることは、社会規範のかせから解放されることだった。だが現代は、自由になり商品化された性のイメージが氾濫し、若い世代を萎縮いしゅくさせた。それを乗り越える新たな表現が求められている。

    • 西村賢太さん
      西村賢太さん

     次に、恋愛や結婚など社会規範の変化と、極端な都市化やインターネットなど科学技術の加速度的な進展の影響だ。特に後者は女性自身の心や体の捉え方、他者とのコミュニケーションの形も変えている。

     子どもを産む可能性を持つ女性は必然的に、男性より自らの内面、身体に鋭敏になる傾向を持つ。二つの要素が多彩な姿を取り、現代の女性の文学表現ににじみ出ている。

     ほかの文芸誌では、早助よう子さん(35)の「市民相談家」(文学界)が戦前の日本を舞台にした佳作だ。不穏な世相に心を狂わせる中国人男性と、日本人の青年を焦点のゆがんだ絵のように書きつけた。

     西村賢太さん(50)の「夜更けの川に落葉は流れて」(群像)は、作者の分身<北町貫多>24歳頃の物語。女性と親しくなり、やがてけんかして怒りを暴発させるおなじみの展開だが、主人公の年齢は上がり、退廃の気配は濃くなった。親しくなるほど相手に全てを理解してもらいたくなり、関係をこじらせる心理をこれほど精妙に書く作家はいない。(文化部 待田晋哉)

    村上春樹さんペイリーの翻訳完了

     ユダヤ系ロシア人の両親を持つ米国の作家、グレイス・ペイリー(1922~2007年)の短編集『その日の後刻に』(文芸春秋)が刊行された。訳者の村上春樹さんは彼女の残した作品集3冊を訳し終えるのに30年近い歳月がかかったと後書きで振り返っている。

     今著には17の短編と著者のエッセー、インタビューが収められている。各編には暗示的な雰囲気がある。短編「ともだち」では、かつての小学校の母親仲間が交わす何げない会話や回想の中に、身の丈から人々が自由を追求した時代の空気感が映る。<もしあなたが人の話に十分な注意を払わなかったり、きちんと耳を傾けない人であるとしたら、あなたは作家になることはできません>。普段交わす言葉の中にストーリーの源があるといった考え方も心に深く染み込む。

    2017年10月05日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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