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    女性登山家の意地と挑戦…唯川恵さん

    『淳子のてっぺん』を刊行

    • 「田部井さんは亡くなる3か月前まで東日本大震災の被災地の高校生と富士登山をしていて、みんなに声をかけている姿は感動的でした。最期まで『病気になっても病人にはならない』を通されました」(長野県軽井沢町で)
      「田部井さんは亡くなる3か月前まで東日本大震災の被災地の高校生と富士登山をしていて、みんなに声をかけている姿は感動的でした。最期まで『病気になっても病人にはならない』を通されました」(長野県軽井沢町で)

     男たちを見返したいと世界最高峰を登った先に何が見えたのか――。女性として世界で初めてエベレスト(標高8848メートル)に登頂した登山家の田部井淳子さん(昨年10月死去、享年77歳)をモデルにした小説『淳子のてっぺん』(幻冬舎)を、これまで数多くの恋愛小説を手がけてきた唯川恵さん(62)が刊行した。登山家を描くのも、実在の人物をモデルにするのも初という挑戦作だ。

     山と縁遠かった唯川さんが本格的に登山を始めたのは2010年。大型犬を広い場所で飼うため03年に軽井沢に移り住んでいたが、10年に犬が死んでしまい、「自分を変えたい」と比較的近い浅間山などに頻繁に足を運ぶようになった。

     そんな頃、小説の依頼があった。「実在の女性を書いてみたいという思いはあって歴史上の人物も考えたがピンと来なかった。山を通して田部井さんを身近に感じられるようになったら、彼女しかないという気持ちになりました」

     14年に本人に会って書いてみたいと伝えると、驚かれたものの、一つだけ条件をつけて承諾してくれた。「『私をヒーローにしないでね』ということでした」

     作品で、田名部(旧姓・石坂)淳子は、男性登山家から<女なんか。女のくせに>と言われたり、登山と家庭をどう両立するか悩んだりしながらも、登山家として成長。やがて、女性だけのグループでアンナプルナ3峰(7555メートル)やエベレストに挑戦していく。だが、本人から話を聞いていることもあってか、安易な美談で終わらないのがこの本らしさだ。

     グループのメンバーは準備段階からもめ、登り始めてからもいがみ合う。アンナプルナでは、頂上へのアタックメンバーに選ばれなかった女性登山家の感情が爆発する。<こんな侮辱は初めてよ><東京に帰ったら山岳会や協会に訴えてやる!>。「登山ではなく登山家を書くとなると、人間としての部分をきちんと書かないといけない。女同士の葛藤という点では、今まで書いてきたものが生きたなと思いました」

     困難を乗り越えてエベレスト登頂を果たし、帰る飛行機の中で、淳子はこう思う。<出発した時は(中略)見返してやりたいという意地があった。でもそんな感情はすっかり消えていた。今はただ、なぎのような静かな思いに包まれていた>

     そして、もう一つ、象徴的なのが、淳子が家族と再会した時の一節だ。<ここが、こここそが、私のてっぺん>。「登山の成功とは、頂上に登ることじゃなくて、自分を待っている人の所に帰ることと聞いていたので、これについては最初から決めていました」

     15年秋には取材のため、エベレスト山麓の5000メートル付近まで行き、高山病の苦しさを身をもって味わった唯川さん。「ようやく本が出て、今はエネルギーを使い果たしてぼーっとしているんです」と苦笑しつつ、こう語った。「軽井沢に来たところから、田部井さんのことを書くことが決まっていたような、不思議な気がしますね」

     ◇ゆいかわ・けい 1955年、金沢市生まれ。銀行などに10年間勤めた後、84年、コバルト・ノベル大賞を受賞し小説家デビュー。2002年『肩ごしの恋人』で直木賞、08年『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞を受賞した。他の著書に『一瞬でいい』『手のひらの砂漠』『かない鳥は空におぼれる』など。

    ◎お気に入り

     ★ネパールのお守り カトマンズでは取材に行く約半年前に大地震があったので、中止にした方が良いのではという意見もあったのですが、行くことが支援につながると聞き、現地入りしました。たくさん買って帰り、配りました。

     ★ヤクの毛で作ったストール エベレストに向かう街道の途中にあるナムチェ(標高3446メートル)という街で買いました。ヤクという、高地に生息するウシ科の動物の毛で作られたもので、柔らかくて温かいので愛用しています。

    (十時武士)

    2017年10月12日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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