文字サイズ
    本にまつわる全国、世界各地の最新ニュースをお届けします。

    【エンタメ小説月評】予想がつかない景色の反転

     また、やられてしまった。

     分かってはいたのだ。この著者は物語の終盤で、それまで読者に見えていた景色をぐるりと反転させ、仰天させることが度々ある、と。なのに今回もしてやられた。伊坂幸太郎『ホワイトラビット』(新潮社)には、どう転がるか予想がつかないラグビーボールを追うことにも似た楽しさがある。時折、著者が顔を出して物語の流れを説明するという、こちらをはぐらかすような書きぶりにも翻弄ほんろうされ、しまいには、笑うしかなくなってしまう。深刻な事件が描かれているはずなのに。

     仙台市の住宅で家族3人を人質にした立てこもり事件が起きた。急行する県警特殊捜査班。だが、事件は次第におかしな様相を見せ始め……。

     時間と技術を惜しみなく使い、書き上げたであろう著者のためにも、これから本を手にする読者のためにも、筋の紹介はごくわずかにとどめたい。どうしても加えろと言うのなら、ポップだが切実さも描かれていること。『レ・ミゼラブル』はすごい本だと改めて教えてくれること。そして、何でもオリオン座に結びつけて語る男がキーマンになること、ぐらいか。それ以上はお許しを。できるだけ予備知識なく読んでほしいのだ。

     展開が読めないのは、小学校が舞台のミステリー、十市とおちのやしろ滑らかな虹』(東京創元社、上下巻)も同じだ。5年生を受け持つ柿埼は、児童らに提案した。今年1年、クラスで「ニンテイ」ゲームをしようと。言うなればそれは超能力ごっこ。児童は自分で考えた能力をしかるべきタイミングで発動でき、皆はそれを「認定」した上で、力に従うのだが、そのせいでクラスに不穏な空気が漂い始める。

     構成が実に巧みだ。物語は、一人の少女が柿埼に宛てた手紙の内容と、元同僚教師の回想とを交互に重ねて進む。そう書かれた理由は終盤、ある人物の絶望と、別の人間の悲劇とともに明らかになる。そして著者は、そこに小さな希望の灯をともそうとした。デビュー作『ゴースト≠ノイズ(リダクション)』に続き、読者の心をぎゅっと締めつける力作となった。

     ミステリーが続いた後は、胸にじんわり響く2作を。町田そのこ『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)は、小さな田舎町を舞台にした連作短編集。登場人物に共通するのは、皆「泳ぎ」が下手なこと。人生という海の泳ぎ方が分からず、あと少しで溺れてしまいそうだ。幼い日の恋を一生の恋だと信じる女性。若き日の不倫の「しっぺ返し」のような目に遭うアラフォー。女性に〈変異〉中の男性も出てくる。そんな人々が必死にもがきながら、自分なりの覚悟を決めていくさまはいとおしく、「よく頑張ったね」と声をかけたくなる。

     本書は「女による女のためのR―18文学賞」大賞受賞作を含むデビュー作だ。各編の書き出しに意外性があり、中盤にはたくらみもある。同賞はまた、いい作家を生み出した。

     当欄では、続編はほとんど取り上げないが、伊吹有喜『地の星』(ポプラ社)には短くとも触れておきたい。寂しい境遇にあった少女の成長を感動的につづった『なでし子物語』の18年後、28歳になった耀子が、また別の厳しさの中で新たな道を探す姿を描く。本作はシリーズ化し、大河小説になるという。今のうちに前作と併せ、読んでおくことをお勧めする。(文化部 村田雅幸)

    ★5個で満点。☆は1/2点。

    伊坂幸太郎『ホワイトラビット』

    翻弄される楽しさ ★★★★★
    深刻なのに爽快 ★★★★★
    満足感 ★★★★☆


    十市社『滑らかな虹』

    設定の妙 ★★★★☆
    高まる緊張感 ★★★★
    満足感 ★★★★


    町田そのこ『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』

    愛おしい人々 ★★★★☆
    切なくも美しい ★★★★☆
    満足感 ★★★★☆


    伊吹有喜『地の星』

    心温まる ★★★★
    シリーズ化にも期待 ★★★★☆
    満足感 ★★★★


    2017年10月26日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    リンク