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    【エンタメ小説月評】戦国の混沌 リアルに表現

     時代、歴史小説で新機軸を打ち出すのは難しい。戦国、幕末という定番の時代であればなおのことだ。その中で、武川たけかわゆう虎の牙』(講談社)には、新鮮な驚きがあった。

     舞台は、武田信玄の父・信虎の時代の甲斐。禁を犯して山を追われ、信虎の弟として生きることになった山の民のアケヨ。流浪の末に信虎に仕えることになった原虎胤とらたね。2人は、領国の統一を目指して戦いを繰り返す信虎のために、身をささげていく。

     山の民の言葉が織り交ぜられ、しゅけがれが物語の重要なモチーフになる。土俗的な香りを漂わせる物語の合間に「いくさは銭勘定にて」と足軽を動員する銭の重要性が説かれる。この混沌こんとんこそが、著者がイメージした戦国時代のリアルなのだろう。泥臭くも生々しい合戦シーンを含め、異色のデビュー作だ。

     一方、レイアウトからして異色なのが、松崎有理『架空論文投稿計画』(光文社)。縦書きの本文の合間に、横向きにした横書きの論文が織り込まれるユニークな構成なのだ。研究者心理を研究する小松崎は、作家の松崎や敏腕の論文代書屋と組んで、査読制度の問題点を検証しようと、偽論文の投稿を始める。しかし、小松崎の思惑とは裏腹に虚構の論文は次々と査読を通過し、やがて論文の不正を捜査する「論文警察」が周囲でうごめき始める。

     ぶぶ漬け(お茶漬け)とゲーム理論を絡めたり、図書館で借りた本に線を引く人を考察したり、おやじギャグを数理解析したり――。11本の偽論文は笑いのセンスが抜群で、本文や図表だけでなく、参考文献にまで小ネタが満載だ。本の向きを変え、細かい字を丁寧に読んで、隅から隅まで楽しみたい。とはいえ、偽論文を故意に投稿した実在の事件の存在を知ると、笑い話で済まない問題をはらむことも見えてくる。

     次に、白河三兎みと他に好きな人がいるから』(祥伝社)を取り上げる。高校3年生の坂井は、マンションの屋上で“うさぎ人間”と出会う。兎のマスクをかぶったこの「バケタカ」は、高所での危険な自撮り写真をインターネットに公開し、話題をさらっていた。バケタカとの出会いや、奔放な同級生・峰との日々が、内向的になっていた坂井の心に変化を与えていく。

     バケタカとは何者なのか、なぜ危険な自撮りを繰り返すのか――。閉塞へいそく感に満ちた地方都市で繰り広げられる群像劇を謎が牽引けんいんしていく。センスあふれる会話を交え、青春の苦さ、痛みを描き出す手腕は鮮やかだ。青春ミステリーの名手であることは、これまでの諸作で既に証明済みだろう。そこから離れた新たな白河作品を読みたいと思うのは、無い物ねだりだろうか。

     最後に、ミシェル・ビュッシ『黒い睡蓮』(平岡敦訳、集英社文庫)を紹介したい。印象派の巨匠・モネゆかりの地であるフランス・ジヴェルニーで、絵画コレクターであった眼科医が殺される。事件と警察の捜査は、小さな村を波立たせていく。

     巧みな構成のミステリーなので、詳しい筋の紹介は避ける。500ページを超える長編ではあるが、難航する捜査に加え、不穏な村人たちの行動がさらなる謎を呼び、読む手が止まらない。読後には、激しい驚きをおぼえながら、少し胸が熱くなる。フランス・ミステリーの快作だ。(文化部 川村律文)

    ★5個で満点。☆は1/2点。

    武川佑『虎の牙』

    土俗的な世界観 ★★★★☆
    文章の質感 ★★★★
    満足感 ★★★★


    松崎有理『架空論文投稿計画』

    笑いのセンス ★★★★★
    笑い話で済まない ★★★☆
    満足感 ★★★★


    白河三兎『他に好きな人がいるから』

    青春の痛み ★★★★☆
    ミステリー度 ★★★☆
    満足感 ★★★★


    ミシェル・ビュッシ『黒い睡蓮』

    観光の村の閉塞感 ★★★☆
    ミステリー度 ★★★★☆
    満足感 ★★★★


    2017年11月23日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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