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    【文芸月評】意識の古層に触れる

    小林秀雄の言葉と向き合い

    • 若松英輔さん
      若松英輔さん

     今月は、若松英輔さん(49)の評論『小林秀雄 美しい花』(文芸春秋)におそれを覚えながら、ひかれるのを抑えられなかった。『霊性の哲学』などの著書がある批評家が、日本の近代文芸批評を形作った小林秀雄(1902~83年)と正面から向き合った。

     筆者の立場は、小林が1929年に発表した評論「様々なる意匠」の有名な一文、<批評とはついに己れの夢を懐疑的に語る事ではないのか!>の解釈に象徴されている。

     この言葉は通常、批評とは、ある対象物が自分の内に催した感触を、自身の技量を尽くした言語、理論や分析に置き換えて語ることだと理解される。だが若松さんは、この「己れの夢」は評者自身の夢でなく、論じられる対象物である「彼」と、論じる「私」の<主客が渾沌こんとんとするような交わり>が起きた末に語られた夢だと捉える。

     つまり若松さんは小林の文章を読み解く際、自分が語っているのか、彼の言葉が乗り移ったのか分からないようなその内奥まで入り込む。そして詩人の中原中也との関係、中野重治との目に見えない接点、ドストエフスキーをはじめ海外の文学者から何を得たかなどを、まるでかんなぎのように次々と言い切ってゆく。

     例えば、若き日の批評家が、親友だった中也の恋人の長谷川泰子を愛した有名な事件について。筆者はまず、二人の文学青年がともに耽溺たんできしたランボーなどの詩を訳した際、互いの訳文が影響し合うほど精神的に<別ちがたき仲>だったことに触れる。そのうえで小林は単に泰子を愛したのでなく、<中原から泰子を奪うことで、中原との関係を手に入れようとした>と示す。

     小林の批評は、ある作品を読むことにより、その深層にある真実や世界へ至ろうとする。それを論じたこの評論もまた、日頃は蓋を閉じている人間が共通して持つ意識の古層のようなものに、小林の言葉を通して触れてゆくのだ。

     新年号を迎えた各文芸誌には、多くの短編が掲載されている。心の深く、冷たい場所にかすかな音を立てて当たるような作品があった。

     <この間はいなげやへつれてゆかないでごめんなさいね(略)おばあちゃんはみすずちゃんが大すきです>

    • 青山七恵さん
      青山七恵さん

     青山七恵さん(34)の「わたしのおばあちゃん」(文学界)は、スーパーのいなげやに連れて行かなかったことを孫に謝る祖母の手紙から始まる。

     自分が病気で入院したとき毎日お見舞いに来てくれたおばあちゃん、たばこを吸うとき器用にマッチで火をつけたおばあちゃん……。優しい祖母の思い出を振り返るうち、どこまでが本当の記憶で、妄想なのか分からなくなる。

     津村記久子さん(39)の「名をかくま」(すばる)は、世間ではその場にいない人の話をするとき、その人物の名前を明かして語る人間と、隠して語る人間がいると説明することから始める。後者の人間のずるさやむなしさをある逸話から語り起こしてゆく。

     2人はともに、2005年のデビューだ。懐旧の情、人間関係のささいな違和感。小さな出来事から、誰もが思い当たるような大きな世界に至る作品を書くようになった。

     柴崎友香さん(44)は、各国の作家が学内に滞在し、交流する米・アイオワ大の国際創作プログラムに参加した体験などをもとに連作小説の執筆を続けている。今月の「小さな町での暮らし/ここと、そこ」(新潮)はとりわけ、学内での何げない生活の模様を記し、日本人が圧倒的な少数派の環境で、自分とは何か、言葉について考えさせた。

    • 沼田真佑さん
      沼田真佑さん

     最後に、今夏の芥川賞を受賞した沼田真佑さん(39)が、「夭折ようせつの女子の顔」(すばる)を発表した。ふとしたことで中学校に通えなくなった女子生徒が、気分を変えるため盛岡の叔母の家に預けられる。

     ざっくばらんな叔母、一緒に暮らす気弱な30代半ばの恋人、中ぶらりんな状態の主人公。不思議なバランスを三人は保つ。手のひらで鳥のヒナを包むかのように、変な力を加えると潰れそうな彼らの日々、流れる時間を優しくつづった。(文化部 待田晋哉)

    異色の相撲エッセー集

     読売文学賞を受賞した『夜は終わらない』(講談社)をはじめ、ラテンアメリカ文学の影響を受けた大柄な小説で知られる作家の星野智幸さんが、異色の相撲エッセー集『のこった』(ころから)を出版した。

     星野さんは実は、人生で初めて文学賞に応募した小説のテーマが相撲で、作家デビューへ向けて努力する自分と元横綱の貴乃花が土俵に立つひたむきな姿勢を重ね合わせるほど愛していた。引退後は熱が冷めていたものの、横綱の白鵬の活躍により再び夢中になり始めたという。日本人力士を応援しすぎるファンの「日本人ファースト」の姿勢に違和感を覚えつつ国技館に通い続ける。紳士的な人柄で知られる作家が、力士の取り口などに対する感動や不満、角界への意見を書くとき、思わず感情があらわになることに文学性を感じる。

    2018年01月04日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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