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    【エンタメ小説月評】人との縁が私を変える

     酒をたっぷりと楽しんだ翌朝は、優しい味わいの味噌みそ汁が胃にしみる。同様に、疲れのたまりやすい季節にはしみじみと心に届く小説を読みたい。心と体を整えるために。

     小野寺史宜ふみのりひと』(祥伝社)は、そんな気分にうってつけの一冊だ。20歳の聖輔は、両親を亡くし、通っていた東京の大学も中退した。失意の中で新たな一歩を踏み出しかねていた聖輔が、下町の総菜屋で働き始めたことから、人生が再び動き始める。

     秋から夏までの1年を追う物語の中で、聖輔は総菜屋の家族や同僚に温かく迎えられ、同郷の友人と再会する。人と縁を持つことで変化する聖輔の心模様が、彼のに映る風景や、行動を通して浮かび上がるのだ。そして、何げないエピソードの中に、他者を思いやり、譲り合うというテーマが織り込まれる。

     小悪党や、小利口な若者こそ出てくるものの、物語には悪人が出てこない。そこに一抹の甘さを感じる人もいるだろう。それでも青年の魂が再生していく姿に、心が静かに震えた。

     夫婦脚本家の木皿きざら泉による連作短編集『さざなみのよる』(河出書房新社)も、滋味に満ちた作品だ。40代の若さで、がんのために亡くなったナスミ。死に向かう前に「ぽちゃん」とつぶやいた彼女の影響を受けた家族や友人、その知人の物語が連綿と続く。

     平易な言葉を連ね、必要以上の修飾語は使わない。冒頭に置かれたナスミの短編を含む14の物語の中で、彼女と縁を持った人々のエピソードが抑制的に描かれていく。ナスミを含め、華々しい人生を送っている人物はいない。しかし、静かな物語を読み進める中で気づくはずだ。さほど特別でないはずのナスミの存在が、これだけ多くの人の心を動かし、勇気づけることができるのかと。<あげたり、もらったり、そういうのを繰り返しながら、生きてゆくんだ、わたしは>。作中の言葉が深く心に刻まれる。

     人生の黄昏たそがれ時を迎えた男たちの恋愛を巡る藤田宜永『わかって下さい』(新潮社)も心にしみる短編集。新たな出会いに胸を躍らせ、大切な言葉を告げるために呼吸を荒くする。主人公の大半は還暦をとうに過ぎた男たちだが、その心の揺れを描写する筆致は繊細だ。

     収録作は粒ぞろいだが、中でもふとした出会いから老画家が創作への思いを再燃させていく「エアギターを抱いた男」は、作家の心情が2人の男の会話に反映されているようで興味深い。孤独をうちに秘める男を描く時、著者の筆はことにえる。

     静かな物語が続いた。最後に、疲れた体のカンフル剤となるような警察小説を。ドン・ウィンズロウ『ダ・フォース』(ハーパーBOOKS、上下巻、田口俊樹訳)の舞台はニューヨーク。麻薬組織や銃による犯罪と対峙たいじするために、強権的な捜査も、悪に手を染めることさえも辞さない特捜部にまつわる長編だ。組織の実力者として、街の英雄のごとく君臨してきた刑事・マローンの転落を叙事詩のように描きあげる。

     同僚刑事との絆や家族、恋人に対する思い、そして自らを染め上げたこの街に対する愛憎。マローンの人間的な魅力や葛藤が丁寧に書かれていることで、転落していく闇の深さとの対比が際立つ。悪徳警官小説は数多あまたあるが、出色の作品と言っていいだろう。(文化部 川村律文)

    ★5個で満点。☆は1/2点。

    小野寺史宜『ひと』

    語り口の巧みさ ★★★★☆
    文体のリズム ★★★★
    満足感 ★★★★


    木皿泉『さざなみのよる』

    挿話の積み重ね ★★★★☆
    飾り気のない文体 ★★★★
    満足感 ★★★★


    藤田宜永『わかって下さい』

    円熟味 ★★★★
    短編の切れ味 ★★★★
    満足感 ★★★★


    ドン・ウィンズロウ『ダ・フォース』

    熱量 ★★★★☆
    悲劇性 ★★★★
    満足感 ★★★★


    2018年05月24日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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