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    話題作の著者へのインタビューで、創作の意図、素顔に迫ります。

    『Y先生と競馬』 坪松博之さん

    レースを愛した山口瞳

     レース開催中の日曜日、東京・府中の東京競馬場前で待ち合わせた。「誰より僕が詳しいですから」。競馬新聞を片手に、真っすぐ場内へ案内してくれた。

     題名の「Y先生」とは、競馬好きだった直木賞作家の山口瞳さん(1926~95年)のこと。同じ趣味を持ち、お供するようになったサントリーPR誌の元担当者が、その思い出をつづった。

     「先生の競馬は、本気でした」。1992年の日本ダービーから、回想は始まる。当時30代だった著者が、午前7時15分に自宅を訪ねると、細字の水性ペンを持ち、スポーツ紙や専門紙を開いて、どの馬に賭けるか考えていた。

     競馬場では、馬の状態を念入りに確かめた。「馬券の買い方には人柄が出る。先生は馬優先。パドックで実力を一生懸命見極め、買っていた。ただ『穴党』でもあり、倍率の高い馬を買い足す余裕もあった」。異様に詳しいレースの勝ち負けの記述も、本著の魅力だ。

     作家は戦後、安定した日々を送れるようになったサラリーマン生活に共感を寄せた。自らの会社員経験を踏まえ、小説『江分利満氏の優雅な生活』で直木賞を受けた。「週刊新潮」のエッセー「男性自身」は、30年以上続けた。「先生は『日常』を大切にした。一度決めたらやり続けた。その意志の表現の一つが競馬だったのではないか」と語る。

     1960年生まれ。大学卒業後、「好きなお酒が飲める」とサントリーに入社。PR誌時代には、作家の開高健さんも担当し、「複眼的な物の見方が身に付いた」という。

     食堂で一緒にお昼を食べた際、「競馬でもうけるには……かけないことですよ」。長い経験をにじませるように口にした。午後のレースに向かう著者を見送ると、目に映る床の色が、妙にまぶしかった。(本の雑誌社、2200円)待田晋哉

    2017年03月14日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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