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    話題作の著者へのインタビューで、創作の意図、素顔に迫ります。

    『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』 岡田麿里さん

    不登校の日々、アニメに昇華

     語れなかった過去がある。大ヒットしたアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」「心が叫びたがってるんだ。」を手がけた脚本家。不登校だった中高時代をずっと引け目に感じてきた。自伝を書いたのは、「過去に決別するためでなくあの頃の気持ちを持ち続けるため」だ。

     通称「あの花」は不登校の少年、「ここさけ」は幼少期のつらい体験で声が出なくなった少女が主人公。かつての自分を投影し、舞台も故郷の埼玉・秩父をモデルに。〈アニメの美しさに、ほんのひと振りの現実。それを、登校拒否児で試してみたかった〉

     「麿里ちゃんは繊細」。同級生の同情が屈辱で、中1の半ばから不登校に。山に囲まれた秩父は「緑のおり」に映り、無為の日々に焦りは募った。当時の感情は忘れないが、2作を書き消化できた面も。「作品で表現した自分の気持ちにはスタッフみんなの気持ちが重なっている。でも、今回は人の手が加わる前のあの頃の気持ちを書きたかった」

     まだオタクが日陰者扱いされた時代。進学した東京のゲーム専門学校には不登校体験を抱える仲間がいた。初めて学校生活を満喫。授業で脚本を書く楽しさに目覚め、卒業後はフリーに。「外の世界」に飛び出した喜びで、ギャラが払われないトラブルもどこ吹く風。「考えたらひどい目に遭っていた。何がつらいかって人それぞれなんですね」

     本書の題名をめぐり、編集者から「『あの花』『ここさけ』がなければあなたのことは誰も知らない」と言われたという。「初めは腹が立ったけど、やっぱり正しいと思った」。脚本家になって20年。「息をしやすい場所はきっとある」。学校に通えなかった少女は今、「思春期を引きずったまま」日本を代表するポップ・カルチャーの最前線に立っている。(文芸春秋、1400円)武田裕芸

    2017年05月16日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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