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    話題作の著者へのインタビューで、創作の意図、素顔に迫ります。

    『秋田實笑いの変遷』 藤田富美恵さん

    上方漫才の父、娘が追う

     ミヤコ蝶々・南都雄二や夢路いとし・喜味こいしら、多くの漫才師を育て、「上方漫才の父」と呼ばれた大阪の漫才作家、秋田みのる(1905~77年)。その長女に生まれた。

     「ジョークも言わない、真面目な父親でね」。没後40年を前に、実家に眠る遺稿や遺品を、1年半前からひもとき始めた。様々なタイプの笑話を研究したとおぼしき、戦前の洋書。アイデアや要点などを記したメモ類。終戦直後に自ら刊行した拳闘雑誌。丁寧な字で埋められた原稿用紙は、積み上げると20センチ以上になった。ほこりを払い、1枚1枚めくっていると、「若い頃の様子、知らなかった一面に出会えて楽しかった」。

     秋田については漫才の名作選集が編まれ、優れた評伝もある。ただ、謎は多い。東京大学で左翼活動にかかわった青年が、なぜショービジネスの世界に身を転じたのか、等々。家族として、「きっちり答えを出さな」と意気込んだ。

     地道な作業を通じて見えてきたのは、「好奇心が強く、興味のあることに次から次へのめり込んでいく姿。自然体でいただけだったと思います」。父が逝った年齢を超え、「遠慮して書けないこともない。偉そうに、これが父だよって言える」と笑う。

     締め切りに追われる父の背中を見て、「物書きになろうとは思わなかった」が、自身も50歳を前に童話作家としてデビューした。最初は賞金にひかれ書き始めたが、「(自作が)活字になるのはええもんやで」と語った父の言葉の重みを実感するように。

     「今回でしまいにしようと思ったけど、これはどうしても伝えたい、書かなきゃあかんなって思うんです」。父をはじめ戦時下の漫才作者たちは、どんな思いで庶民の生活に笑いを届けたのか。資料を通じての“父との対話”は、まだまだ続く。(中央公論新社、1850円)

    池内亜希

    2017年10月10日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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