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    話題作の著者へのインタビューで、創作の意図、素顔に迫ります。

    『琥珀の夢 小説鳥井信治郎』 伊集院静さん

    商いの品性、本物の仕事

    • 伊集院静さん
      伊集院静さん

     撮影用に、ウイスキーを注いだグラスを手にしてもらった。物語に登場するサントリー「オールド」だ。若い頃からよく飲んだ酒では、とたずねると「そんな生活をしていたわけがない。角(瓶)やレッドだった」と相好を崩した。

     本書は、サントリーの創業者である鳥井信治郎(1879~1962年)の物語。大阪・道修町の薬種問屋に奉公に出た信治郎は、20歳で鳥井商店を起こし、洋酒造りと販売にまい進していく。研究を重ねて「赤玉ポートワイン」を作り上げ、周囲の反対を押し切ってウイスキー造りに挑む。新事業にチャレンジする一方で、商売のやり方は、売り手良し、買い手良し、世間良しの「三方良し」。神仏を拝むことも大切にした。信治郎について調べる中で、「この男の生涯を書くことは、日本人の仕事に対する考え方、ひいては日本人とは何かということにつながると思った」と語る。

     企業小説や経済小説とは、これまで縁がなかった。だから、書くうえで決めた。「企業小説ではなく、人間を書く」。細かい売り上げなどの記述は入れなかった。もう一つは、「ホームランや満塁一掃というシーンは書かない」。成功ばかりではない信治郎の人生を描くにあたって、短い文章を連ね、修飾語や比喩を減らして、物語に推進力を与えた。

     信治郎は、人に知られずに善行を積む「陰徳」を幼い頃から身に付けていた。その考えは世代を超えて受け継がれていく。人としての品性とは、本物の仕事とは何か――。著者が折に触れて書いてきたテーマが、前向きに夢を追うキャラクターの中に息づいている。「やれば何とかなるはずだと信じられる力、強靱きょうじんな精神力。書いていて思った。信治郎のやり方のように小説を書くことができたら、大したもんだな、と」。笑顔で語った。(集英社、上下各1600円)

    川村律文

    2017年11月14日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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