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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・奈良岡聰智(政治史学者・京都大教授)

    『バルチック艦隊ヲ捕捉セヨ』 稲葉千晴著

    国運を賭した総力戦

     日露戦争に際して、ロシアはバルト海に展開していたバルチック艦隊を極東に派遣した。同艦隊は、半年以上の航海を経て対馬海峡まで到達したが、長旅で疲弊し、士気も下がっており、日本の連合艦隊に迎撃されて壊滅した。日本はこの勝利で優位を確定的なものとし、まもなくポーツマス講和会議で戦争は終結した。日本海海戦が同戦争のハイライトの一つであることは、衆目の一致するところだろう。

     本書は、同海戦に至る過程で日露両国が繰り広げていた情報戦の実相を明らかにしたものである。当時の運輸通信技術では、バルチック艦隊を正確に捕捉するのは困難であったが、日本は情報収集に全力をあげた。世界中に張り巡らせたスパイ網、商社などの民間人の活躍、国際法を駆使した外交官たちの戦い……日本にとってこの戦争は、まさに国運を賭した総力戦であった。一方、艦隊の進路を隠すために様々な偽装工作を行い、日本の電報をひそかに解読するなど、ロシア側も負けてはいなかった。これらの事実は従来からある程度知られてきたが、著者は諜報ちょうほう関係の史料を精査することで、本格的な実証に成功した。イスタンブールやマダガスカルで現地調査まで行った、労作である。

     印象深いのは、イギリスの動向である。日本では、開戦2年前に締結された日英同盟が日露戦争の勝利をもたらしたという「神話」が広く行き渡っている。しかし、実は日露戦争中、イギリスは中立国であったに過ぎない。そのため、独自に収集した情報の一部を知らせ、ロシアの同盟国フランスを牽制けんせいするなど一定の協力を行いつつも、日本からの借款や軍事協力の要請は断るなど、きわめてクールな対応も取っていた。情報戦からは、こうしたイギリスのしたたかな姿勢が鮮明に浮かび上がる。

     没後20年で、司馬遼太郎への関心が再び高まっているという。日露戦争を描いた司馬の名作『坂の上の雲』と読み比べるのも一興である。

     ◇いなば・ちはる=1957年、栃木県生まれ。名城大教授。著書に『明石工作――謀略の日露戦争』。

     成文社 3000円

    2016年05月09日 05時28分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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