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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

    『仙人と妄想デートする 看護の現象学と自由の哲学』 村上靖彦著

    生と死から人間見る

     この表題は、在宅支援にあたる精神科看護師が、統合失調症で家に引きこもる老人との間で作り上げた関係性の表現である。チームワークの支えで築かれたその特異で自由な関係において、支援者も相手の尊さや神聖さに出合う。規範や制約に対抗して一人の人間の生き方を取り戻す個別的な試行努力が、相互の存在を肯定し、自らも変わる体験をもたらすのである。

     重篤な病気や死といった深刻な状況で、人間ができるだけ人間らしくあるための「実践のプラットフォーム」がどのように創出されるのかを、著者は哲学の立場から論じていく。看護のあり方やサポート態勢が社会全体の問題となっている現在、現場で何が起こっており、患者と看護師がどのように格闘しているのか、私たちは人間の生と死という原点から見ていかなければならない。ここで見出みいだされたのは、両者が共同で主体的に創り上げる自由で楽しい生の場である。

     著者は看護師と交わしたインタビューを読み解きながら、言葉の端々やためらいからその背後に本人にも意識されていないリアリティを現出させる。日々きびしい実務に当たる看護師が明瞭に考えてはいない看護のあり方、つまり状況と向き合う仕方を、現象学が取り出して見せたのが「実践のプラットフォーム」である。精神科の病棟、植物状態や筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者とのコミュニケーション、在宅の看取みとりといった場面で、著者ならではの繊細な分析が展開される。

     評者はとりわけ、人工中絶で死産した赤子を取り上げる助産師が「自分がばらばらになる」危機を感じながら、息をすることのなかったその表情が産湯で和み「お地蔵さん」のように見えるという語りに、生と死において人と人が関わることの意味を深く考えさせられた。それはおそらく看護という特別な職業が担う極限ではなく、私たち誰もが生きる場の問題である。

     ◇むらかみ・やすひこ=1970年、東京生まれ。大阪大教授。著書に『傷と再生の現象学』『治癒の現象学』など。

     人文書院 2300円

    2016年06月27日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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