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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・牧原 出(政治学者・東京大教授)

    『遠読 〈世界文学システム〉への挑戦』 フランコ・モレッティ著

    数量データで文学分析

     文学作品をじっくりと味読することが本来の読書だとする愛好家からすれば、本書の「遠読」には鼻白むかもしれない。何しろ、1740年から約100年間の7千冊に及ぶ英国小説をとりあげ、表題の語数が数十語から数語へと減少するという変化を検出したり、『ハムレット』と『紅楼夢』の登場人物間の会話数をネットワーク状に表現して比較してみたり。内容よりは数量データで作品の形態を分析するのだから。

     著者の意図はこうだ。ごく少数の「名作」にのみ焦点を当てた「精読」による解釈には偏向が紛れているのではないか。読まれざる作品が仮に凡作だとしても、それを含めて世界文学の「一般的」な構造とは何か、それはどう進化して現在に至ったのか明らかにすべきではないか。

     用いられる方法は、一般法則を検出する社会科学と形式に着目するフォルマリズムである。たとえば、国際政治学における世界システム論。中心、半周縁、周縁という世界システムの構図は確かに文学にも当てはまる。なるほど近代文学はヨーロッパで誕生した。だがその特徴を量からとらえるならば、着目すべきはヨーロッパという中心ではない。日本やインドなどヨーロッパ外のシステム周縁の国々では、近代文学とその地域の伝統文化とを架橋する努力が続けられた。そこから生まれた大量の文学作品こそ、世界文学の名にふさわしいというのだ。

     そこで著者は、原書にこだわらず英訳書を用い、社会科学の文献を縦横無尽に引用しつつ統計分析を進める。膨大なデータをまずは一まとめにして見渡す。だが多数の事例を扱うと平均値が重要となり、「差異の喪失、遅鈍さ、退屈さを意味する」。だからこそ本書各章の分析を著者は「実験」と呼ぶ。重要なのは細部に目配りすること。形態も細部の一つだ。本書は決定版の学術論文というよりは文芸批評の実験ノートである。それはまた21世紀に文学はどこへ向かうかを探る試みなのである。秋草俊一郎他訳。

     ◇Franco Moretti=1950年イタリア・ソンドリオ生まれ。米・スタンフォード大文学部教授。

     みすず書房 4600円

    2016年08月15日 05時29分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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