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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・稲泉連(ノンフィクションライター)

    『台湾少女、洋裁に出会う』 鄭鴻生著

    激動の時代に貫いた夢

     ときは1930年代、日本統治時代の台南に、家業の日用品店を手伝う一人の少女がいた。

     日がな一日、退屈な店番に明け暮れていた彼女の唯一の楽しみ。それは古新聞や古雑誌を貼り合わせた紙袋に、日本人家庭の妻たちが回収に出した『主婦之友』や『婦人倶楽部くらぶ』の切れ端を見つけることだった。なぜなら、そこに洋裁のページが混ざっていたからである。

     本書は近代化が進む当時の台湾でそのように洋装の世界に出会った少女が、洋裁学校を開設するに至る一代記だ。

     雑誌の切れ端を見本に独学で洋服づくりを始め、19歳で洋裁店の見習いに。単独で日本に渡ってデザインを学び、「東洋裁縫学院」を作り上げた。いかにその頃の台湾の女性にとって、洋裁を学ぶことが自立への重要な道であったかがよく分かる内容になっている。

     戦争があり、政治体制や経済、社会の劇的な変化がある。近現代史の年表を紐解ひもとくまでもなく、この時代に生きた女性の90年の生涯とは、まるで大海のうねりに漂う木の葉のようだ。だが、そのなかで少女時代からの夢を貫き、人生を自らの力で切り開いていくその姿には、多くの人を勇気づけるものがあると思う。

     なにより温かい読後感を覚える本だ。著者は主人公の息子で、抑えられた筆致に語り手である母への愛情がにじむ。

     その個人的な家族の物語に、台湾そのものの辿たどった近代化の光景を重ねる構成が巧みだ。母親の「語り」の背後に広がる社会状況を見る視線が鮮やかで、台湾の歴史を知る上でも簡にして要を得る思いがした。

     洋服が「作る」ものから百貨店で「買う」ものへと変化していくなかで、最初は小さな教室から始まった彼女の洋裁学校も125期の卒業生を輩出して役割を終えていく。全力で激動の時代を駆け抜けた一つの人生に、清々すがすがしい敬意を抱いた。天野健太郎訳。

     ◇てい・こうせい=1951年、台湾・台南市生まれ。作家。著書に『台湾68年世代、戒厳令下の青春』。

     紀伊国屋書店 1700円

    2016年11月28日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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