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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・牧原出(政治学者・東京大教授)

    『娯楽番組を創った男』 尾原宏之著

    大衆と権力の狭間で

     「あれも足りない/これもない/くらしが立たない/しょうがない/こんなぐちなどいう人にゃ/新体制は分らない」 1940年、近衛文麿首相が高らかに唱えた新体制運動。それは戦時動員を本格化させるものであったが、日本放送協会のラジオ時事歌謡はこんな替歌で風刺した。当局に呼び出された製作担当の職員は時局解説だとはぐらかす。本書の主人公丸山鉄雄である。

     父は硬骨の新聞記者丸山幹治。弟に戦後民主主義の旗手となる政治学者真男やフリーランスのジャーナリスト邦男など。知識人一家の中でも鉄雄は、NHKという組織の中で戦争の時代を生き抜いた表現者であった。組織の歯車でありながらも、自由な表現を目指す。受け手は庶民であり、いつの時代であってもマスメディアに娯楽を求める。組織と表現、知性と娯楽に引き裂かれつつ、時代と向き合った鉄雄の生き方に、NHKに在職経験のある著者は、苦くも強い共感を寄せる。

     旧制武蔵高校をドロップアウトしたものの京都帝大を卒業。日本放送協会に入った鉄雄は、放送への統制を強める権力への嫌悪を隠さない。だが二・二六事件で決起した兵士に「財閥をやっつけてください」と頼み込む老婆に「大衆」の「多様で入り乱れた気持ち」を強く感じ取る。替歌や現代でいうバラエティーに当たる「総合番組」を作り、大衆への「指導」的スローガンを排した「本来の娯楽」のありかを探った。

     大衆と権力の狭間はざまという立ち位置は、権力への抵抗となりうるが、時局への迎合とも見える。だがそこには戦前と戦後という時代を超えたしぶとさがある。戦前の出演者募集企画「新人のテスト」を、『のど自慢』に仕立て上げたのは典型だ。玄人はだしから音痴までが全国に放映され、それを求める視聴者。「入り乱れた」人々の姿があぶり出される。西洋型知識人とはひと味違う人物は、グローバルエリートの脆弱ぜいじゃくさが浮き彫りになった今再考に値する。

     ◇おはら・ひろゆき=1973年生まれ。NHKを経て立教大兼任講師。著書に『大正大震災』『軍事と公論』など。

     白水社 2200円

    2016年12月26日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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