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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・青山七恵(作家)

    『ジュリエット』 アリス・マンロー著

    不条理生きる人間の謎

     一篇いっぺん一篇、読み終えるたびに、深いためいきが漏れる。ためいきというより、うめきに近いのかもしれない。すぐには次のページをめくれない。しばしその場に静止して、じっと持ちこたえる時間が必要なのだ――そこにある物語から自分が何を受け取ってしまったのか、その内容を明確にすることではなく、ただその重さのようなものだけを感じる時間が。

     本書に収められた八篇のうち、邦題でもあるジュリエットという女性を主人公に据えた「チャンス」「すぐに」「沈黙」は連作になっている。「チャンス」のジュリエットは長距離列車の中である男性と出会い、「すぐに」ではその男性との間に授かった赤ん坊と両親の家を訪ね、「沈黙」では行方不明の娘をおもう。静謐せいひつで繊細な言葉の連なりのなかに、次第に浮き上がってくる一人の女性の人生の断片……しかし時折、一見何ということもないささやかな描写のなかに、驚くほど激しい感情の気配が漂う。そしてその感情が、読んでいる自分と決して無関係なものではないと気づき、呆然ぼうぜんとする。ジュリエットの孤独、諦念、後悔は、その感情が具体的な言葉から乖離かいりしていくほど私たちにとっても否定しがたいものになっていくのだ。

     そのほか、少女とホテル従業員の女性との奇妙な友情が思わぬ結末につながる「罪」、移民男性と交わしたロマンチックな約束の後日談を描く「トリック」が印象に残った。いずれも突然現れた他者によって主人公の人生が一変してしまう瞬間が鮮やかに捉えられているが、著者はその決定的瞬間を、感傷的にも、悲劇的にも描かない。それゆえ余計に、そうした不条理をかみしめて生きる人間の存在がより謎めいたものに見えてくる。マンロー作品を通して感じる「重さのようなもの」とは、生まれながらにして私たち人間一人がちょうど背負えるくらいに分け与えられている、この大いなる謎の重さなのかもしれない。小竹由美子訳。

     ◇Alice Munro=1931年、カナダ生まれ。短編の名手で、2013年ノーベル文学賞。著書に『林檎の木の下で』。

     新潮社 2400円

    2016年12月26日 05時27分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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