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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・月本昭男(旧約聖書学者・上智大特任教授)

    『明治知識人としての内村鑑三』 柴田真希都著

    聖書に学び現実を洞察

     内村鑑三は今なおひろく読まれ、数多く論じられる明治の思想家である。この1年だけでも、内村を論じた書籍は片手では数えきれない。そのなかで本書はきわだった光彩を放つ。なによりも「知識人」という視座が斬新である。著者は「オリエンタリズム」で知られるE・サイードの知識人論、J・バンダ『知識人の裏切り』などを理論的枠組みに用いながら、普遍的正義と真理を掲げて、権力に加担せず、その批判精神を貫いた明治期の知識人を論じてゆく。

     1891年、「第一高等中学校不敬事件」で職を失った内村は、各地を転々と移り住むなかで著した作品が世に知られ、6年後、新聞記者として健筆をふるいはじめる。日露戦争時には非戦を唱え、愛国心を論じ、足尾鉱毒事件が起こると、厳しい批判に加え、独自の視点から社会の改革を訴えた。この時期の内村を丸山真男は「反政治的立場からの政治的ラジカリズム」と呼んだが、著者は内村が書き残したテキストにりつつ、彼の思想を構造的につかみ出してゆく。

     日清戦争を義戦と主張した内村は、このことをバンダのいう「知識人の裏切り」として深く恥じ入り、日露戦争時には、人類に普遍的な価値である正義と真理に依って、非戦論を展開する。著者によれば、国家を論じ、政治や社会を批判する内村はつねに普遍的倫理の立場に身をおいていた。たとえば国家は世界市民としての人類という視座から論じられる。国家の基礎は国民の自由と平等であり、真理を求める個の確立である。内村はその理想形態として、立憲君主制ではなく、「共和主義」を思い描いていた、と著者は読み解いてみせる。

     人類にとって普遍的な倫理を内村は聖書から学び取った。そしてそれがあらゆる社会の基礎になることを信じて疑わなかった。そこから彼は現実を鋭く洞察したのである。その点で内村は、本書でしばしば比較される福沢諭吉などとは対照的な明治の知識人であった。

     ◇しばた・まきと=国際基督教大平和研究所助手。共著に『南原繁と平和』『矢内原忠雄』。

     みすず書房 7500円

    2016年12月26日 05時28分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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