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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・柳川範之(経済学者・東京大教授)

    『フリートレイド・ネイション』 フランク・トレントマン著

    消費者の情熱が動かす

     世界の貿易体制が揺れている。米国のトランプ大統領が環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を決めるなど、世界全体が大きく保護貿易に傾きつつあるという識者もいる。そんな中では、とてもタイムリーな出版だ。

     とはいえ、自由貿易の是非が理論的に論じられているわけではない。19世紀後半から20世紀初頭にかけてのイギリスにおいて、いかにして自由貿易の運動が勃興し、そしてそれが衰退していったかが、克明に記述されている大著である。

     今日と異なって、当時のイギリスでは、人々は、民主、平和、繁栄をもたらす基礎になるものとして自由貿易を擁護した。自由貿易という思想は「人気の入場券」だったと著者は言う。その思想、そして運動が、いかに民主文化の構築にかかわっていったのかが語られ、そして第一次世界大戦という大きな歴史的イベントの中で、その盛り上がりがいかに衰退していったのかが説明される。

     その過程で、消費者という概念ないし捉え方が実は重要な役割を果たす。今では当たり前の概念だが、この勃興した消費者という集団が、自由貿易という運動を擁護していったという記述は興味深い。

     巻末の解説でも述べられているように、本書で描かれているのは、自由貿易の通史というよりは、むしろ自由貿易を事例に書かれた市民消費者を中心とした新たな政治史なのだ。

     理論や理念ももちろん意味がないわけではない。しかし、ここから伝わってくる大きなメッセージは、貿易体制を含め経済体制を大きく変えるうえで、重要な役割を果たすのは、国民や市民がもつ情熱やエネルギーだという点だ。そのような視点で本書を読みながら、アメリカやイギリス等で今、起きている政治的な動きをみると、また世の中が違ってみえてくるかもしれない。田中裕介訳、新広記解説。

     ◇Frank Trentmann=1965年生まれ。ドイツ・ハンブルク出身。ロンドン大学バークベック校歴史学教授。

     NTT出版 4800円

    2017年02月13日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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